吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ニーチェの馬

 年末年始怒涛の映画評マラソン何本書けるかシリーズ第5弾。あーしんど、大晦日一日で5本アップしたぞよ。


 うちの長男Yが今年のナンバー1映画だと言っていたが、同時に「家のテレビで見ても良さがわからないので意味が無い」とも言っていた。まさにその通りと思う。

 ほとんど台詞もなく、ただモノクロの画面の中は砂埃が舞い、冷たい風が吹き荒れるだけ。その代わりに音楽はとても印象的だ。緊張感と切迫感に満ちた悲しい曲。絶望が背中から追い立ててくるような音楽。


 隔絶された荒地に住む老農夫とその娘、二人の貧しい生活は悲惨を極める。食事は茹でたジャガイモが一つ。二人は一つずつの熱々のジャガイモの皮を剥いて黙って手づかみで食べる。納屋から連れ出した馬は鞭を当てても動かず、彼らの生活は追い詰められていく。ただ淡々と同じことを繰り返していくだけの、なんの楽しみもない生活。二人の変わることの無い6日間の生活が描かれていく。ただそれだけの映画なのだ。見ていても何も楽しくなければ何を思うでもない。しかし、生きることの辛さが胸に沁みて、人生とはこのようなものであっても生きるに値するのだろうか、と深い思いに貫かれていく。
 何も変わらない毎日といえども、二人の生活は逼迫していく。とうとうランプも消えた。彼らにはもう何もない。この後どうやって暮らしていくのか。

 これほど絶望感に満ちた映像は見たことがないのではなかろうか。ゴッホの「馬鈴薯を食べる人々」の農民達よりもなお深い貧しさと絶望。

 彼らが飼う馬はニーチェの馬ではなかろうが、しかしニーチェが馬を抱いて泣いたというエピソードから始まるこの映画では、ニーチェが語った「神の死」がそのまま映像となった世界を描く。片手が不自由な父親に服を着せてやる娘の姿といい、生きることの悲哀しか漂ってこない生活といい、これまた他人事とは思えず身につまされすぎて、観ているのが辛かった。


 同じタル・ベーラのモノクロ作品でも、「倫敦(ロンドン)から来た男」よりは遥かに印象に残る作品だ。(レンタルDVD)

A TORINOI LO
154分、ハンガリー/フランス/スイス/ドイツ、2011
監督: タル・ベーラ、共同監督: フラニツキー・アーグネシュ、製作: テーニ・ガーボル、脚本: タル・ベーラ、クラスナホルカイ・ラースロー、撮影: フレッド・ケレメン、音楽: ヴィーグ・ミハーイ
出演: ボーク・エリカ、デルジ・ヤーノシュ