吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ル・コルビュジエの家

有名な建築家ル・コルビュジエが設計した、ブエノスアイレス近郊の都市ラプラタの住宅をロケして作られた映画。住宅は本物である。内と外との境目がない、開放的な空間設計がコンセプトのユニークな住宅だ。わずか50坪ほどなので邸宅というほどのことでもないが、その一見なんということのない家が一歩中に入ると驚くべき開放感を持っていることがわかる。ただし、実際に居住者がいるからだろう、映画の中で室内のすべてを見せてくれるわけではない。

 本作では、その家の主は世界的に有名な椅子デザイナーのレオナルドという男、という設定。その家の隣人として引っ越してくることになったのが、一見ヤクザ風、ドスの聞いた声でしゃべるビクトル。

 ある日突然、大きな打撃音で目が覚めたレオナルドは、隣家の壁に穴があけられようとしている現場を目撃して仰天する。自分の家に向かって穴が開けられ、窓が作られようとしているのだ。ガラス張りだらけのル・コルビュジエの家に向かって窓を作るということはプライバシーの侵害であり、法律上も許されない。レオナルドは、隣人として引っ越してくる予定のビクトル相手に抗議と交渉を繰り返すが、相手は「この部屋は暗い。俺はただ、光がほしいだけなんだ」と言い張り、埒が明かない。それどころか、やたらレオナルドになれなれしい態度で接近し、妙な手作りオブジェをプレゼントしたり、レオナルドの妻を説得しようとしたり、あれこれとレオナルドの生活に「侵入」してくるのだ。イライラが昂じたビクトルは仕事にも身が入らないし、妻や娘との関係もギクシャクし……。

 独特のテンポを持ったコメディであり、まったりのんびりしているところで若干だれてしまうので、眠気を催す。一緒に映画を見た、うちの長男Y太郎はかなり爆睡していた。何度もつついて起こしたけれど、そのたびまた寝ていた。しかし、少々寝てもあまり本筋を見失うことがないという映画でもある。
 前衛音楽を鑑賞するデザイナーたちの「知ったかぶりのインテリ」を嘲笑する場面や、ビクトルの芸達者な指人形、彼の”お茶目な強面”ぶりなど、随所に笑える場面があるが、そのタイミングが観客の意表をつくので、わたしは何度も笑ってしまった。 

 「隣人は選べない」という宣伝惹句の意味が本当に分かるのはラストシーン。そこに至って初めて観客は、いったい誰が悪い隣人だったのか、と愕然とするだろう。誰が「被害者」なのか、そもそも「被害者」なるものが存在していたのかどうかさえ判然としなくなる。この、最後の逆転が見事だった。全世界に向かって開かれているような家に住む人間たちが実は殻に閉じこもり、外界を遮断している。遮断しているのは外だけではなく、自分たちの家族に対してもである。そのことが徐々に明らかになり、最後に至ってル・コルビュジエの家の皮肉が露呈する。ラストシーンまでたどり着いたらもういちど巻きなおして見直したくなるような映画だ。つまり、いろんなところに結末に至る伏線があったということに後から気づく。なかなかの佳作。

EL HOMBRE DE AL LADO
103分、アルゼンチン、2009
監督: ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン、脚本:アンドレス・ドゥプラット、音楽:セルヒオ・パンガロ
出演: ラファエル・スプレゲルブルド、ダニエル・アラオス、エウヘニア・アロンソ