吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

最強のふたり

いつものように長男Y太郎と一緒に鑑賞。Y太郎が大笑いして喜んでいたが、けっしてコメディではない。いや、単なるコメディではない。
 ハリウッド映画だと思い込んでいたが、フランス語でしゃべり始めたのでびっくり。巻頭のスピーディな展開やカット割りはハリウッド映画の真似ではないのか。いきなり高級スポーツカーを猛スピードでハンドルさばきも鮮やかに乗りこなす黒人青年。助手席に乗っている初老の男は怖くないのか、それどころかそのスピード感を存分に楽しんでいる。だがそこにやってきたパトカー。という展開はまさに観客をぐぐっと映画の世界につかみこんでくる魅力に満ちている。音楽の使い方もまたうまい。懐かしいポップスやクラシックが全編を彩る。

 
 巻頭の黒人はドリス。スラムで生活していて、失業手当をもらうためだけに富豪の介護人に応募して面接にやってきた。富豪の名はフィリップ。事故で首から下が麻痺しているため、介護人を雇うのであるが、気難しいフィリップの相手は誰もが長続きしない。そんなとき、失礼な態度であけすけにフィリップに接するドリスがなぜか雇われることになる。
 映画はドリスの天真爛漫な姿とフィリップの貴族趣味をことごとく対比させていく。それはあまりにもわかりやすくステレオタイプともいえるわけだが、その描写が軽快で音楽の使い方もおしゃれなので、まったく気にならない。そして、音楽だけではなく、フィリップが買い付ける絵やドリスの描く絵の素晴らしさにも目を奪われる。まことに細部の描写が面白く、ぐいぐいと引き込まれていく作品だ。フランス本国で大ヒットというのも頷ける。


 とはいえ、ものすごく面白かったのにもかかわらず、最後のほうでうっかり寝てしまった。きー、悔しい。Yに「あれからどうなったの、どうなったの」と何度もしつこく食い下がったが、「今見たばかりの映画の結末を事細かにしゃべらされるほど消耗することはない」と一蹴された。

 最初からフィリップは大金持ちで、最後まで大金持ち。ドリスは最初から最後までスラムの住人。この構造は何も変わらないのに、二人が垣根を越えて友情を築く様子は爽快だ。要するにこの映画は社会構造には手を出さない。社会構造への批判(=貧富の格差批判)はまったく眼中にないのだろう。主役二人が階級を超えて仲良くなればそれでハッピー。とりあえず、目の前の二人が幸せに暮らしていればそれでいいのさ。そういう映画です。


 と書いて「いや待てよ」と思った。社会的格差にこの映画が無批判なわけがない。スラムに住む青年の厳しい生活はほんのわずかなカットでも十分に観客に伝わる。要は、慎重にこの映画が避けた部分を観客がいかに受け止められるか、という問題だ。哲学の授業が必須であるようなフランス社会での受け止め方と、人文系の授業には冷たい日本で育った観客とはおのずと受け止め方が変わるだろう。

INTOUCHABLES
113分、フランス、2011
監督・脚本:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ、製作:ニコラ・デュヴァル=アダソフスキ、音楽:ルドヴィコ・エイナウディ
出演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー、アンヌ・ル・ニ、オドレイ・フルーロ、クロティルド・モレ、アルバ・ガイア・クラゲード・ベルージ