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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

思秋期

映画

 (※以下は機関紙編集者クラブの『編集サービス』紙http://club2010.sakura.ne.jp/service.htmlに掲載したものが元記事)
 ラストに若干の疑問を感じるが、落ち着いた丁寧な作りかたには好感が持てる。物語はDVをテーマにしているだけに暗くて憂鬱だし、主人公たちも地味な中年男女。とうていヒットするような要素はないが、ぐっと胸に迫るものがある。



 妻に先立たれて失業中、アルコールに溺れて悪態をつく短気で暴力的な男、ジョセフ。キリスト教のチャリティ店で働く女、ハンナ。一見穏やかな表情の裏に妻への陰惨な暴力性向を隠し持つ男、ハンナの夫ジェームズ。
 人生の秋に出会った三人の、運命の歯車がきしみ始める。
 ジョセフは今日も酔っ払ってパブで大暴れし、賭に負けた腹いせに愛犬を蹴り倒して死なせてしまう。ペットを殺すような男は西洋社会では許しがたい存在だろう。映画は冒頭でジョセフの暴力的な性癖を見せつけ、彼の不愉快な面を強調する。
 ジョセフは喧嘩相手から逃れて逃げ込んだチャリティ店でハンナと出会い、優しい言葉をかけてもらう。ここでこの二人に恋が芽生えて、などと期待してはいけない。ハンナと出会ってジョセフは徐々に柔らかな表情を見せるようになるが、一方、ハンナは夫からのDVによって心身ともに傷ついていく。いつしか互いに心を寄せ合うようになるハンナとジョセフのふれあいが丁寧に淡々と描かれていく。やがてハンナとジョセフの立場が逆転し、ハンナがジョセフを頼るようになる。夫の暴力を逃れてジョセフの家に転がり込んだハンナだったが…。

 ラブ・ストーリーというにはあまりに儚く、あまりに慎ましく、痛々しさが画面から滲み出る。イギリス映画らしい暗さと生真面目さをあわせもつ本作は、決して清清しい思いに浸れるような甘い作品ではない。中年男女が出会い、互いの困難な状況に共感し癒されていく、などという美しいストーリーを期待したら大外れ。

 原題は「ティラノサウルス」。太った妻のことを「ティラノサウルス」と呼ぶような品の無い、思いやりのない男が主人公なのだ。それでも、彼は妻亡き後、彼女を愛していたとしみじみ語る。妻を「ティラノサウルス」と呼ぶことが親しみの現れだと彼が思っていたなら、とんでもない間違いだ。自分の妻を「ブタ」呼ばわりする男の品性が良きものだろうか? 侮蔑の言葉が「親愛の情を示している」とか「愛称だ」と言い訳することは許されないのではなかろうか。夫のなにげない言葉に傷つく妻は多いはず。夫がいとも簡単に人を罵る言葉を口にするような状況にはうんざりだ。

 しかしこのジョセフはハンナに礼儀正しく接するようになり、やがてはハンナの心のよりどころとなる。彼の生来のやさしさがハンナの悲惨な境遇と化学反応を起こしたのだろう。この映画に登場する男達は誰もが暴力とともにあり、怒りを抑えられない。ペット達がこうむる暴力もまた容赦ない描写でむき出しにされるため、観客側も覚悟が必要だ。 

ラストには微かな希望が残されている。彼らはこうして新しい人生を歩んでいく、その手探りの温かさがほのかに漂う。しかしわたしはそこに割り切れないものを感じた。何が納得できないのか、それは映画をご覧になった人と語り合いたい。役者の演技力も堪能できる素晴らしい作品。ぜひ映画館でどうぞ。



 以下、激しくネタバレ、未見の方は注意。





 納得できない点は、ハンナの夫ジェームズが殺されたという結末に観客がほっとする、その心根だ。DV男は死ねばいい、とついつい感じてしまう。ハンナが夫に反撃した事はやむを得ないと思うが、殺してしまったことをどう考えるべきだろう? DV男が死んで、ハンナが罪を償い、やがてはジョセフと新しい人生を歩んでめでたしめでたし。でいいのか? すっきりしない。


TYRANNOSAUR
イギリス、98分、2010
監督:パディ・コンシダイン、音楽:クリス・ボールドウィン、ダン・ベイカー
出演:ピーター・ミュラン、オリヴィア・コールマン、エディ・マーサン