吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

フリー・ゾーン FREE ZONE 〜明日が見える場所〜

 冒頭とラストに流れる歌が強く印象に残る。復讐と暴力の連鎖を寓話のように歌った歌。お伽噺に隠された大人の残酷な世界を歌うマザーグースのような。

 巻頭、ナタリー・ポートマンの横顔が映る。彼女はしゃくりあげて泣き、そのバックに歌が流れる。後ろにあるガラスの向こうの風景が動いているから彼女が乗り物に乗っていることがわかる。彼女が夢か幻のように思い出す場面が自動車の窓ガラスに映し出されていき、やがて涙の理由がおぼろげに見えてくる。窓ガラスの向こうがイスラエルの風景であり、女性運転手兼通訳と一緒にアメリカ人の若く美しい女(役名=レベッカ)がヨルダンに向かっていることも分かってくる。カメラはほとんど接写の場面ばかりで、狭い自動車の中をさらに狭苦しく撮る。その一方で外の風景に重ねてレベッカ(レベッカはユダヤ名だ)と恋人との別れの場面が映し出される。その別離の理由もまたこの地の戦争の残虐と無縁ではない…。


 中東のフリー・ゾーンの存在は初めて知った。自由貿易地域。ここではパレスチナの民とアメリカ人とイスラエル人が金儲けのために手を組む。中東での争いを止揚するには資本主義が有効なのではないか、と本気で思った。金儲けのためなら誰とでも手を組む資本家のグローバリゼーションこそが世界を解放する。中東の政治や経済は利害が宗教や歴史と複雑に絡まりあい、何が卵で何が鶏なのかもわたしにはわからない。


 ヨルダン、イスラエル、アメリカ国籍のユダヤ人の女三人のロード・ムービーはそのまま中東の政治問題の縮図だ。憎しみあうパレスチナとイスラエル。そこに介入してイスラエルを後押しするアメリカのユダヤ資本。国家と宗教と民族をこの映画の3人の女優が体現する。アラブを代表するのは大女優ヒアム・アッバスだ。未払いの代金をめぐってイスラエルの女とアラブの女が言い争いを始めるが、共に車で移動するうちに、カーラジオから流れるアップテンポの曲に合わせて思わず三人は身体を揺すり、口ずさむ。そうだ、資本主義ではなくて音楽だ。音楽は民族も国境も越える。音楽こそが人々の心を一つにする。――などと楽天的になってはいけない。そんな単純なことで世界平和が訪れるなら誰も苦労はしないのだ。

 ギタイ監督の作品は初めて観た。冒頭の演出の斬新さに心を奪われるが、物語全体はわかりにくく、何が起こっているのか理解するのに骨が折れる。日本未公開なのも止む無しと思える地味な展開だ。そのうえ、さまざまな地名や事件名が登場するが、そのすべてが理解できていないとこの作品のいわんとしていることのほんの一端も理解できそうにない。
 「ガレージで夫が怪我をした」という救急電話を聞いた男が「迫撃砲か」と尋ね返すような日常をかの地の人々は生きているのだ。ラジオの緊急ニュースで「テロの可能性が高まっている」と流れる日常をかの地の人々は生きている。何もかもわたしたちの日常とは違いすぎ、遠すぎる。


 三者が心を合わせることができるのかどうか、その結論は永遠に先延ばしされる。希望はチラチラと見えては消えていく、かそけき炎だ。(レンタルDVD)

FREE ZONE
92分、イスラエル/フランス/ベルギー/スペイン、2005
監督・脚本: アモス・ギタイ、製作: ニコラ・ブランほか、製作総指揮:ガディ・レヴィ、脚本:マリー=ジョゼ・サンセルム、音楽:ハヴァ・アルベルスタイン、ヤロスラフ・ヤクボヴィク
出演: ナタリー・ポートマン、ハンナ・ラズロ、ヒアム・アッバス