吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ミッドナイト・イン・パリ

 観客の教養が試される映画だ。1920年代のパリ、さらに遡る19世紀末のパリ、そこに登場する文化人たちをどれほど知っているか馴染みがあるかでこの映画を楽しめるかどうかが左右される。


 婚前旅行のためにパリにやってきた、ハリウッドで若くして成功した脚本家ギルが、「本当はパリで質素に暮らして小説家になりたいんだ」と美しい婚約者イネズに告げると鼻先で笑われる。この時点でこの二人は相性がよくないんだ、とわかるが、それ以後、このイネズとその両親のいけすかない金持ちぶりが炸裂。このギルはウディ・アレン本人をかなりの部分で反映しているキャラクターだ。演じたオーウェン・ウィルソンがまるでウディ・アレンのように喋りまくるのも可笑しい。アレンのコメディ映画の主人公たちはどういうわけかウディ・アレンに見えてくる。

 ギルにとって憧れの黄金時代は1920年代のパリ。なぜか突然タイムスリップしたギルは黄金時代のサロンに出入りするようになり、大勢の文化人と知り合う。この文化人リストに馴染みがないとまったく笑えないし面白がれないところがつらい。サロンのホステス、ガートルード・スタインて誰よそれ、と思ったけれど、キャシー・ベイツがいかにもという貫禄で演じるからきっとあんなキャラクターの女性だったんだろうな、と思う。F・スコット・フィッツジェラルドは「華麗なるギャツビー」の作家だということぐらいは知っているが作品は未読だし、フィッツジェラルド夫妻の奇天烈ぶりは映画で初めて知った。これも残念なケース。一番面白かったのはヘミングウェイで、若い頃はあんなふうだったのか、へぇ〜と感心した。ピカソと若い愛人を見て「あれは何人目の女かな」と考えたり、コール・ポーターって、どこかで観た聞いた覚えがあるけど思い出せず(映画「五線譜のラブレター」の主人公だったと後で確認)、なんやかんやで登場人物のネーミングの豪華さには「をを!」と思いながらもその描かれ方を堪能できたとは言いがたい。返す返すも自分の教養のなさを悔やむばかりなり。


 いちばんよかったのは巻頭、パリの街並をカメラが舐めていく場面だった。なんだかここだけでも良かったような映画。期待値が高すぎたのか、豪華な役者、豪華な文化人を勢ぞろいさせた割には脚本に捻りがない点が不満。ウディ・アレンならもうちょっと面白くできたのではないかと思える。小ネタばかりを並べているので、それはそれで面白いとはいえ、大ネタを出してほしかったもの。


 結末に漂う教訓には「クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」を思い出した。結局、自分が存在しなかった「黄金時代」というのは架空のノスタルジーをかきたてるものであり、本当の<時代>は今生きているこの場所、この時代で紡ぐべきもの、ということですな。

 インテリ好みのウディ・アレン映画、これはいっそうその傾向が強い。なんでこれがアメリカで大ヒットなのかよくわからない。

MIDNIGHT IN PARIS
94分、スペイン/アメリカ、2011
監督・脚本:ウディ・アレン、製作:レッティ・アロンソンほか、製作総指揮:ハビエル・メンデス
出演: キャシー・ベイツエイドリアン・ブロディカーラ・ブルーニマリオン・コティヤールレイチェル・マクアダムスマイケル・シーンオーウェン・ウィルソン