吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

孤島の王

 マスコミ試写にて。

 「格差社会」の中で将来に希望を持てない悲惨な状況にあるはずの日本の若者が、なぜニューヨークのウォール街占拠運動のような社会の不正と格差を正す行動に立ち上がらないのか? 26歳の社会学者古市憲寿によると答は簡単、「日本の若者は幸せだから」(『絶望の国の幸福な若者たち』)。統計数字がどんなに現状の劣悪な労働条件を指し示していようが、若者達は小さな世界に充足しているのだという。彼らもこの映画に描かれているような極寒の孤島で強制労働に従事させれば眼が覚めるだろう、などという暴論は言わないが、1915年のノルウェーでは文字通りの「窮乏革命」が起きた。それが本作で描かれている、少年たちの蜂起である。

 1900年から1970年まで非行少年向けの矯正施設があったバストイ島で、入院者達は過酷な労働に従事し、看守たる施設の職員から肉体的・性的暴行を受けながらただひたすら退院を待つ服従の生活を強いられていた。少年たちは固有名詞を奪われ記号で呼ばれていた。それはその後、ナチスが強制収用所でユダヤ人たちに行った行為と同じだ。

 バストイ島にある日、反抗的な少年エーリングがやって来る。施設の院長はエーリングのお目付け役に優等生オーラヴを指名する。当初反目しあっていた二人だが、やがて彼らは厚い友情を結ぶようになる。

 この映画で描かれていることに目新しさはない。監獄での虐待、脱走、懲罰、服従者と反抗者、苦痛に打ち負かされる者。かつて多くの映画で描かれたことと同じような光景が展開する。優等生と暴れん坊という典型的なバディ・ムービー(二人組映画)であることも定石通り。だから本作の魅力はストーリー展開よりも、その寒々とした光景と、何よりも主役二人の少年達のキャラクターと演技力に拠る。よくぞこれだけ適役の役者を見つけたものだと感心する、ふてぶてしいエーリング役といい、いかにも頭の良いお坊ちゃんタイプのオーラヴ(なんでそんなに「良い子」が矯正施設に入れられているのか不思議だ)を演じた二人の若き役者が観客を惹きつける。

  空の色の鈍さといつも雪が降っている暗さが強烈な印象に残る、薄墨のような画面もわびしく美しい。季節外れの寒さを感じながら、自ら「王」を名乗った反抗的少年の矜持に震撼するのもよきかな。<状況>は変えられる。勇気と仲間があれば。このメッセージがこの国の幸せな若者に届いてほしい。

 巻頭、鯨が銛(もり)を射られながらその巨体を揺らし、射った人間達を振り回す壮大な海の場面が映る。この鯨がいつまでも印象に残る映画だ。鯨はいったい誰だったのか? 海の王、鯨の偉大さにひれ伏すがいいといわんばかりの場面が美しく雄大で、そして悲しい。
(この記事は機関紙編集者クラブ『編集サービス』誌http://club2010.sakura.ne.jp/service.htmlのために書いた原稿を元にしています)

KONGEN AV BASTOY
117分、ノルウェー/フランス/スウェーデン/ポーランド、2010
監督:マリウス・ホルスト、製作:カーリン・ユルスルード、脚本:デニス・マグヌッソン、音楽:ヨハン・セーデルクヴィスト
出演:ステラン・スカルスガルド、クリストッフェル・ヨーネル、ベンヤミン・ヘールスター、トロン・ニルセン