吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

J・エドガー 

 一ヶ月ほど前、長男Y太郎と二人でレイトショーで観た。なんと、大きなスクリーンの劇場は二人きり! 二人で独占してど真ん中の席を陣取る。前の席は蹴り放題、携帯し放題、大声のおしゃべりやりたい放題。のはずなのに、興奮して大きな声でしゃべっていたのは予告編の間だけで、それもだんだん小声になってくるところがやっぱり映画館の威力か、小心者の証か。

「うわあ、これ、このスクリーンで一人でホラー見てたらむちゃ怖いなぁ〜」
「わたしあるで。ホラーと違うけど、一人きりで映画観たことあるわ、これくらい大きな劇場で。怖かったわ〜」
「わしら来たってよかったなぁ、そうでなかったらこの映画、誰も見いひんやんか」
「わたしらがいてなかったら上映止めるんかなぁ。そしたら、止めるほうが金かからなくていいよね、無駄に暖房してるし」
「独り占め状態やなぁ。ホームシアターやないか。その辺で寝転がって見よかな(笑)。金持ちはこういう気分でホームシアターしてるんやなぁ」
 などなどと陽気におしゃべりしながら予告編を見る。「これ見よな、また見に来よう」とYが言うのは「タイタニック3D」。そういえば、Yはタイタニックを劇場で見ていないんだ、まだ幼かったし。


 さて、本編。これもまた図書館映画。ジョン・エドガー・フーバーはアメリカ議会図書館の検索システムを考案した人物なのだ。ずらりと並ぶ検索カードをデートの相手に自慢げに見せる場面は壮観だ。司法省の中に新しく設置された捜査局(FBI)に抜擢され、二十代でFBI長官になったエドガーは、性急なプロポーズをした相手の女性ヘレン・ギャンディに断られたが、結局彼女は生涯エドガーの忠実な秘書として務め上げた。

 二十代でFBIの長官となり、死ぬまでその責務に就いていたおそるべき影の権力者、ジョン・エドガー・フーバー。彼の私生活は謎に包まれている。情報こそが権力の源泉であることをいやというほど知っていたエドガー・フーバーは、歴代大統領8人の公職・私生活にわたる膨大なデータを収集し、盗聴でも検閲でもへっちゃらで違法行為を繰り返していた。50年に及ぶ権力の座は、こうして安泰なものとなったのだ。大統領でさえ手が出せない男、大統領のスキャンダルをすべて握る男、フーバー。その悪名高き男の素顔に迫ったのが本作だ。


 映画は、フーバーが回顧録を口述筆記する場面から始まる。そして、口述している<現在>と、過去の回想とを行き来する構成になっている。この時制の往還がわかりにくい。必ずしも回顧録口述の場面が<現在>ではないからだ。<現在>の時間帯にも膨らみがあって、幅を持たせているため、何度も時間軸を往復する間に訳が分からなくなる可能性がある。特に、回想が<現在>に近づくにつれ、過去の場面なのか現在の場面なのかがわかりにくい。政治史を知っていれば出来事の順番ぐらいはわかるし、アメリカ現代史の知識があるか関心のある人間にはたいそう面白いエピソードが次々に登場して興奮するのだが(エマ・ゴールドマンの演説姿が登場する場面はいたく感動。イーストウッドはひょっとしてエマのシンパ?)、そうでなければまったく理解できない事件の羅列に過ぎないようにも見えるだろう。やがて回想場面が<現在>を通り越してからは、時間はからみあって流れるようになる。


 フーバーの同僚・腹心の部下であり、私生活でも常に昼食を共にしていたクライド・トルソンが、フーバーの同性愛の相手として描かれている。しかし、彼らは非常に自制的であり、実際に二人の間に肉体関係があったのかどうかは映画の中では明らかにされていない。このクライドを演じたのはアーミー・ハマー。「ソーシャル・ネットワーク」でザッカーバーグを相手に訴訟を起こす双子を演じてその男前ぶりが印象に残っている。「J・エドガー」ではいっそう妖艶な雰囲気を漂わせて、ファム・ファタールならぬ、<運命の男>ぶりが光る。妖怪のように恐れられたフーバーにとって唯一の心許せる友であったろうクライド・トルソンとの交流を描くことが本作での大きなテーマであったとは、意外だった。

 自分が信じる「正義」のためなら汚い手を使って政敵を脅したりするのも平気なエドガーは、いつしか権力の権化となり、自己保身と組織の保身のためにその立場を徹底的に利用する。科学捜査の基礎を築いた人間として有名なエドガーは禁酒法時代にはアル・カポネと渡り合い、「翼よあれがパリの灯だ」で知られるリンドバーグの長男誘拐殺人事件でも科学捜査によって犯人を挙げた。テレビが始まった時代にその広報効果を良く知っていた彼は、テレビ映えを気にして格好をつけたがった。母親をこよなく愛し、その期待に応えようとしたが、結局彼は幸せだったのだろうか。

 ジョン・エドガー・フーバーの興味深いキャラクターを次々と手際よく見せていくクリント・イーストウッドの演出はさすがだが、いったいこの作品で何を伝えたかったのかがいまいち判然としない。ついつい考えあぐねてしまうのはわたしの悪い癖なのか。

 一番印象に残っているのはアーミー・ハマーの色っぽさだ。アーミー、最高、素敵。

J. EDGAR
137分、アメリカ、2011
製作・監督: クリント・イーストウッド、共同製作: ブライアン・グレイザーほか、脚本: ダスティン・ランス・ブラック
出演: レオナルド・ディカプリオナオミ・ワッツアーミー・ハマージョシュ・ルーカスジュディ・デンチ