吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン

 年末母子3本立ての3本目がこれ。


 スペインのバルセロナから高速道路に乗って車で2時間、カタルーニャ地方の海辺にある三ツ星レストランが席数45のエル・ブリである。エル・ブリのことはほとんど知らずにこの映画を見に行ったものだから、その辺鄙さにも驚いたし、毎年1年のうち半年は休業するという参勤交代の大名みたいなお気楽営業にもびっくり。さらに、休業中はお気楽どころか新しいメニューを開発するために厨房スタッフが缶詰になって研究に余念がないことにも驚き、何よりもその研究の過程がまるで理科の実験みたいなのに4度驚く。さらに、エル・ブリのオーナーシェフ、天才フェラン・アドリアが「客を驚かせろ。驚きのない料理はダメだ」と言い募るのを観て驚き、出来上がった料理を見て六度驚く。これだけ驚いたらさぞや疲れたろう、はい、その通り。途中、かなり寝てしまいましたよ。


 生唾ものの美味しそうな料理が出来上がる過程を楽しめるのだろうと思っていたら大間違いで、メニュー開発は食材を蒸したり真空パックにして汁を抽出したり粉砕したり、料理を作っているというよりも材料のカタログを作っているようで、まったく美味しそうに見えない。それどころか何を作っているのかもわからない。


 興味深かったのは、フェランが電子データを失くしたシェフをしかりつける場面。すべてのレシピがPCに画像とともにデータアップされているのだが、チーフシェフがそのデータを失くしてしまったのだ。紙媒体の記録は残してあるので困ることはない、と言うチーフを叱り付けてフェランが言う。「すべてのデータをPCに残せ。200もレシピがあるんだぞ。とても覚えられない。記録しろ、すべて記録しろ!」
 天才フェランにとって記録がいかに重要かがわかるエピソードだ。彼は自身の勘に頼って調理するのではなく科学的根拠に基づいて調理しているのではなかろうかと思わせる。だがこの映画にはほとんど解説的な文言が登場しないため、一つずつの場面の意味はいまいち判然としない。カメラはあくまでエル・ブリのスタッフの姿に密着し、彼らをクローズアップすることでエル・ブリの秘密に迫ろうとする。


 エル・ブリは2011年7月31日を以って閉店した。その突然の閉店公表に全世界が驚愕したというが、フェラン・アドリアはエル・ブリを料理研究財団へと作り変えるのだそうだ。何しろエル・ブリでは客一人あたり35皿の料理が提供される。コースの時間は4時間を超えるのだ。観ているだけで目が回りそうな忙しさなのだから、あれを何年も続けるのは疲れすぎるだろう。毎年すべてのメニューを一新し、二度同じ料理を食べることは誰にもできないという。45席しかないレストランの従業員は50人以上。客より多いというのがまたまた驚きだ。その厨房とホールのすべてを統括するのがフェラン・アドリア。


 エル・ブリの料理は前衛的すぎて、一瞥ではいったい何の料理なのか素材は何なのか、どんな味がするのかまったく想像がつかない。中には「あれは遠慮したい」と思うようなカクテルとか料理もある。まあ、40皿近く出てくるのだからいやなものは食べなくてもいいんだろうけど。
 フェランは日本の食材にいたく惹かれているようで、柚子をヨーロッパに広めたことはつとに有名だそうだ。あとは、オブラート。これを日本で知って薬を飲むのに使っているのを見たフェランは驚き、食材として使うことを思いつく。フェランの真似をする料理人たちがこぞってオブラートを使うことを覚え、今では成田空港の薬局には必ず大量のオブラートが置いてあって、ヨーロッパのシェフたちが買っていくとか。しかしあれは美味しそうに思えない。オブラートをレストランで出されてもねぇ…。


 氷とみかんの皿を見て、わたしとYは思わず「冷凍みかん!」とささやきあった。日本ではかつて、駅の売店には必ず置いてあった冷凍みかんとゆで卵が懐かしい。あれは旅の友として欠かせないものなのだ。やはりフェランはこれを日本で知ってさっそく取り入れたのだそうで。あとは、抹茶を茶せんで立てたり、やたら和のテイストが多いのには驚いた。


 フェランは飽くなき好奇心と探究心で次々と食の常識を破壊していった。常に革新を続けるフェランの姿に喝采を贈る人は多いだろう。確かに彼は天才なのだろうし、その独創性と努力にはただ脱帽するしかない。しかし、常に新しい驚きを、といい続けた日には終わり無き革新の無間地獄に陥るのではないか。
 常に新しいものを。常に、常に、驚きを、新しく、便利に、新機能、新機軸、新規開拓、新しく…。と言い続けるのは資本主義の論理そのものだ。常に新たな資本を投下し、利潤を回収し続けないと倒れてしまう自転車のような恐るべきシステム。そんなシステムにわたしたちは疲れているのではなかったのか。


 エル・ブリの革命的な料理はたぶん、一生に一度かせいぜい2度食べればもう充分なのだ。わたしは毎日梅干と味付け海苔を食べていたって飽きたりしないし、4回続けて同じ料理を食べても飽きない。日々の料理というのは革新することに眼目があるのではなく、日々変わらぬ美味しいものを心を込めて作り、感謝しつつ食することに意味があるではなかろうか。


 エル・ブリの料理は非日常の極みで、それはそれとしてその存在には意味があるだろうが、このような料理人の姿勢を手放しで礼賛することには違和感を覚える。
 長い伝統を守り、細やかに手の込んだ丁寧な作りで供される日本料理にわたしは一番惹かれる。創作しすぎの創作料理は疲れる。どんな味がするか想像もできないエル・ブリの料理を見ても食欲はそそられない。それよりも美味しそうなお好み焼きやたこ焼きのほうがよっぽどいいってもんです。


EL BULLI: COOKING IN PROGRESS
113分、ドイツ、2011
監督: ゲレオン・ヴェツェル