吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

トスカーナの贋作

 『贋作』という新刊書を上梓した作家の講演会の場面から始まり、延々と堅苦しい講演を聞かされているのにもかかわらず、まったく飽きない。イギリス人作家ジェームズ・ミラーを演じたウィリアム・シメルの艶のある響く声、滑舌のよい英国アクセントにあっという間にわしづかみにされる。見るからに知的で、優しそうなハンサム、ナイスミドルの典型のようなウィリアム・シメルがこの作品の大きな魅力。何よりも声が素晴らしいと思っていたら、作品鑑賞後に見たメイキングで彼がオペラ歌手であることを知って合点がいった。


 舞台はイタリア、トスカーナの小さな町。英国人ジェームズが新刊の宣伝のために訪れた地で、骨董品店のフランス人女主人(ジュリエット・ビノシュ)と出会う、というだけのお話。彼女はジェームズの講演会を中座するという、まったく失礼千万な振る舞いなのに、その彼女からの誘いに応じてジェームズは彼女の店を訪れる。

 巻頭の講演会の場面の見事な演出、カメラの動きはまさに至極の名人芸。ここから最後まで、映画は台詞が延々と続く。しかも、ジェームズと彼女の会話だけでほぼ成り立っているという地味な作品なのに、見事なカメラによってまったく飽きない。それどころか、英語、仏語、イタリア語が飛び交う会話の中に込められた企みや感情が見事に露出・溶融して、観客を偽者と真実のあわいへと迷いこませていく、まことに心憎い作品である。


 二人はドライブしながら贋作について語り合う。そのフロントガラスには美しいトスカーナの風景が映りこみ、観客の目を奪う。

 ジェームズは言う、「すべてのものが贋作だ。「モナリザ」すらジョコンダ夫人のコピーだ。本物はジョコンダ本人だけだ」と。二人の知的な会話はすべて英語で。しかし、感情が高ぶるとフランス語が飛び出す。

 

 二人が立ち寄ったカフェで、店の女主人に夫婦に間違えられたのをきっかけに、二人は夫婦を演じるゲームを始める。結婚15年を迎えた夫婦。倦怠期にあり、「妻」は夫が仕事ばかりで夫婦らしさがないとなじる。それに応えて「夫」は「15年も経てば関係は変わるのだ。いつまでも同じわけにはいかない。だからといって愛していないわけではない」と言う。二人は激昂し、机を叩いて罵りあう。

 この偽の夫婦の会話があまりにもリアルで、観ているうちに「この二人は本物の夫婦じゃないのか」と思えてくる。最初から最後まで二人の関係は謎に包まれていて、ミステリアスだ。贋作について語る作家が偽の夫婦を演じるうちに、何が偽者なのかわからなくなる。観客はどこかの時点で映画に騙されていると気づくが、それがどこなのかわからない。そして、そもそも騙されているのかどうかもわからない。凡百のミステリーに勝る、なんという複雑怪奇で知的な企みに満ちた作品だろう。

 作家の前に登場したときから胸を大きくはだけたドレスで彼を誘惑する魂胆が見え見えの彼女に対して、ジェームズが躊躇いがちに距離を置く姿が微笑ましい。やがて二人はその距離を縮めていく。そして、午後9時の列車で帰国する作家のタイムリミットは近づく……。



 異国イタリアで出会ったフランス人とイギリス人、二人が知的な会話を交わす様子を長回しのカメラで追いかける展開は「恋人までの距離(ディスタンス)」(1995年)のようであり、またその続編である「ビフォア・サンセット」(2004年)を思わせる。偽の夫婦を演じる男と女、という設定は「身も心も」(1997年)のようであり。これらの秀作にさらに加えるならば、本作はなんといってもウィリアム・シメルの魅力。彼が目の前に居てうっとりしない女性はいないだろう。これからはウィリアム命。

 それにしても、女は感情と欲望に素直で、男は尻込みし慎重になる。女は蠱惑的で男は論理的。女がフランス人で男が英国人だから、ということもあろうが、男女の見事なステレオタイプが描かれる。しかしこれが嫌味にならず、むしろどこか特別な人々という感じがした巻頭から、後半一気にどこにでもいる普通の中年夫婦になっていく様が見事だ。

 そして、この後半の展開を引っ張るのがジュリエット・ビノシュの演技。ウィリアム・シメルの魅力について語ったならば、ジュリエット・ビノシュの演技力についても語らねば。さすがにカンヌ映画祭女優賞を受賞した演技である。偽の夫婦を演じる女性を演じる、という複雑な演技を要求されるこの作品で、彼女は熱演している。熱演しすぎて、素人演技のはずの偽夫婦が迫真の夫婦喧嘩に変わっていく。だから観客は「この偽夫婦は本物の夫婦ではないか」と錯覚していく。映画はますます混迷を深め、ミステリアスな闇へと沈んでいく。ウィリアム・シメルの演技はあくまで「受け」であり、ジュリエットが演じる彼女の欲望に引きずられつつ魅惑されつつ現実を忘れられない忘れたくない戻らねばならない、という迷いを残す。それゆえまだ楽な演技かもしれないが、ビノシュの演技は「錯乱」一歩手前までの幻惑を秘めてエロスの世界へと男を蠱惑せねばならない。

 主役二人の会話でほとんどが成り立っているこのような作品において、誠に素晴らしい演技を見せてもらった。何度見直しても惹きこまれる。(DVD)

CERTIFIED COPY
106分,フランス/イタリア,2010
監督・脚本:アッバス・キアロスタミ、製作:マラン・カルミッツほか、製作総指揮:ガエタノ・ダニエレ、撮影:ルカ・ビガッツィ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ウィリアム・シメル、アドリアン・モア