吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ゴーストライター

ginyu2011-10-25
 これは今まで見たポランスキーの作品の中では一番面白かった。お奨めのサスペンス。じっくり落ち着いたカメラも好感度が高い。

 陰鬱な空、いつでも雨が降っているかどんよりと曇っているしかない暗い画面が映画全体の雰囲気を決定している。その重厚な画面作りといい、じっくりと落ち着いたカメラワークといい、ポランスキーは巨匠の名にふさわしい落ち着いた作品を作り上げた。しかもサスペンスの王道をいく、じわじわと締め上げるような恐怖の描き方や、先の読めない展開が音楽とあいまってうまく雰囲気を盛り上げ、観客は最後まで画面に惹きつけられていく。

 物語は引退したイギリス首相の自伝を書くゴーストライターが謎の死を遂げ、その後を継いだ若手ライターもまた恐るべき陰謀に巻き込まれていくという、政治サスペンス。見終わってから気づいたのだが、このゴーストライターには名前がない。まさに彼は物語のなかで一貫して「ゴースト」として存在する。

 役者のアンサンブルがぞくぞくするほど素晴らしい。これ以上ないというキャスティングで、全員がその役割にぴったりに演じている。ブレア首相をモデルにした首相がピアース・ブロスナン。その甘いマスクの男前振りがどこか間が抜けていて笑いを誘ってしまう。彼の妻がいかにも才色兼備の賢夫人という設定。オリヴィア・ウィリアムズが見事に演じる。秘書役もまたいかにもいかにもの色気むんむんのサマンサ。じゃなくてキム・キャトラル。あの女優、どこかで見たことあるなぁ、誰だったっけ、と思いながら見ていたのだが、途中で「セックス・アンド・ザ・シティ」のサマンサだと気づいた。相変わらず年齢不詳の若々しさ。秘書のくせに身体の線がはっきり出るようなピチピチしたスーツを着ている。ほかにも、ちょっとした役で登場するだけの役者がみなすごい貫禄なので感動してしまう。

 全編文句のつけようのない真面目なサスペンス映画なのだが、そのなかでちらりちらりと表出するユーモアのセンスも抜群にいい。元首相が滞在するアメリカの別荘の内装も素晴らしく、窓から見える外の寂しげな風景も侘びを感じさせる。ちょっとしたカットにまったく無駄が無く、美術の凝り方もさりげなくいい感じ。

 ストーリーは実はそれほどうまくない。サスペンスとしてはいくつも穴があるし、辻褄の合わないところもあるけれど、些細な不可解な点も気にならないほど作りこみ方がいい。間違いなく今年のベスト10入り。

THE GHOST WRITER
128分,フランス/ドイツ/イギリス、2010
製作・監督・共同脚本:ロマン・ポランスキー、製作:ロベール・ベンムッサ、アラン・サルド、製作総指揮:ヘニング・モルフェンター、原作・脚本:ロバート・ハリス、撮影:パヴェル・エデルマン、音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:ユアン・マクレガーピアース・ブロスナンキム・キャトラルオリヴィア・ウィリアムズトム・ウィルキンソンティモシー・ハットン