吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

エンディング・ノート

 「監督失格」と同じようなテーマなのにはるかに好感度が高い。

 砂田麻美の初監督作品は、死と向き合う父を撮るドキュメンタリー。彼女は幼い頃から映像に親しむ家庭環境にあったため、早くから家族の姿を撮影し続けていた。そしてある日、父が末期癌を宣告される場面に遭遇し、結果として父の遺言状を撮影することとなる。死ぬ前にやるべきこと、「to do リスト」や家族への思いを遺すノート、それがエンディングノートだ。遺言状のようなものだが法的根拠はない。

 開巻、カメラは父の葬儀場となった教会を映す。美しい教会で父は送られた。ナレーションは監督自身が父になり代わって語りかける。「今日はわたくしごとのためにお集まりいただきありがとうございます…」

 父は67歳で重役を務めた会社を定年退職。これからやっと夫婦で楽しく過ごす時間がとれる、と楽しみにしている矢先に余命半年の癌を宣告されてしまう。もはや手術も不可能なステージ4。だからと言って慌てず騒がず、父は自分の死の準備を始める。まずは葬式の会場として教会を選びたいので、クリスチャンになってしまう。なんという不純な動機。いや、それはそれで正しい動機かも。だって、信仰のお蔭で心安らかに死に向かえるんだから。


 カメラに映るのは父の姿、若い頃の写真や8ミリフィルムも随分残っているとみえて、随所に古い映像・画像が挿入される。かつて熟年離婚の危機にあった夫婦の喧嘩も娘は撮影していたのだった。

 今は2人の孫が可愛くて仕方がない父は、アメリカ在住の孫たちがやってきてくれると相好を崩して大喜びしている。そんな、どこにでもいる一人の父・祖父をユーモア溢れるタッチで描くことができるのは、平凡な姿のなかにこそ生きることの意味が潜んでいると監督が知っているからだろう。

 死に直面しているというのに父は飄々として、自分が死んだ後のことをあれこれと手配している。その「段取り男」ぶりに驚嘆せざるをえない。淡々として確実に死に向かう、決して怖くないわけではなかろうその心中をカメラの前でユーモラスに語る、砂田知昭という男の理知的な構えを見ていると、いつしか観客は穏やかに背筋が伸びていくのに気づくだろう。

 被写体である父の、家族や死に向かう佇まいが凛として清清しい。会社員時代は仕事一筋で妻を顧みないこともあったモーレツサラリーマンの典型、その「悲しいニッポンのサラリーマン」が、やがて家族と最後のときを過ごすその姿は、いくばくかの後悔に包まれながらも愛情と感謝に満ちて美しい。軽快なタッチで描かれるエンディング・ノートも、ついに最後のページに到達すると、思わず涙をそそられる。

 同じように期せずして<死>を撮影することになった二つのドキュメンタリーがこれほどまでに鑑賞後の気分が異なるとは。「監督失格」が予期せぬ突然の死を撮ってしまったという衝撃の大きさにもかかわらず、時間が経てば経つほど印象が薄れていくのは被写体の魅力の薄さのせいだ。そして監督の構えの違いにある。もう一度見たいと思わせる作品はどちらか、明らかだ。林由美香と砂田知昭、どちらのように死にたい(生きたい)か、それも明らかだ。

 愛する人、近しい人を撮りながらも対象にズブズブと入れ込むことなく、観察者・表現者としての冷徹さを失わない作品こそがいつまでも輝き続ける。

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90分、日本、2011
監督:砂田麻美、製作:是枝裕和、音楽:ハナレグミ