吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

黄色い星の子供たち

 ナチスのホロコーストを描く映画は数多く、今さら感があるのだが、フランスでのホロコーストについて描いた映画は珍しい。黄色い星はユダヤ人たちが胸に着けさせられたワッペンであり、その一つ一つに微妙に手作り感があってなんとなく微笑ましかったりするのがかえって悲しい。


 フランスは侵攻を受けるやあっという間にナチスドイツに占領された。ペタン元帥率いるヴィシー政権はナチスの傀儡であり、ヒトラーが命じたユダヤ人の移送=絶滅作戦にヒトラーの要求以上に応じることとなった。それが1942年7月16日のパリ在住ユダヤ人13000人の一斉検挙(ヴェル・ディブ事件)である。ドイツ側は当初、大人の検挙だけを求めたが、残された孤児の世話を厭うペタン政権側が親子ともどもの一斉検挙を以って応え、結果、4000人を超える子どもたちも親と一緒に検挙されて二度と再び帰ることがなかった。


 13000人のユダヤ人たちが移送の列車待ちの5日間閉じ込められたのはヴェル・ディヴ(冬季競輪場)だ。ヴェルディヴという音と、競輪場という場所にショメ監督の異作アニメ「ベルヴィル・ランデブー」を思い出したが、本作はそんな牧歌的な物語ではもちろんない。
 ヴェル・ディヴに閉じ込められた人々には水も食料も与えられず、夏の暑さのなかで体調をくずすユダヤ人が続出する。そんな彼らの世話を献身的に行うために赤十字から派遣された若き看護師がアネット(メラニー・ロラン)だ。自らも検挙されながら同胞のために休みなく働くユダヤ人医師(ジャン・レノ)のもと、アネットは懸命に人々の世話をする。とりわけアネットのお気に入りの子どもに4歳のノノがいる。母が亡くなったこともしらず、無邪気に振舞うノノの姿が観客の涙を誘う。


 競輪場であるヴェル・ディヴに閉じ込められた人々を様子を見ていると、東北大震災で避難所暮らしをする人々の姿と重なって見えて仕方がない。狭い場所でも子どもたちは遊びまわり、老人たちは疲労と絶望にぐったりし、妊婦は苦しみ、弱い子どもたちは病気に罹る。水がなく暑さにやられてしまう人々、そしてトイレはたちまち詰まり、糞尿にまみれて配管を修理する人がいて……



 物語は検挙された子どもたちとアネットが主役で、そこにドイツの静養地にいるヒトラーや、陰謀を策するペタン元帥たちの姿が挿入されるという構図。いたいけな子どもたちに迫害の手が伸びる一方で、愛人と遊ぶヒトラー、そしてヒトラー以上に残忍なペタンと警察官僚ブスケおよびラヴァル首相の悪人面が対比される。


 ユダヤ人を迫害する人々がいる一方で、彼らを命がけで救い出したフランス人たちがいたことを忘れてはならない。ヴィシー政権が当初目論んだユダヤ人の完全検挙は結局実現しなかった。多くのフランス人がユダヤ人を匿い、パリだけでも1万人が検挙を免れたという。そして、ヴェル・ディヴに収容された人々を目の当たりにした消防署員たちは、処分や弾圧を覚悟してでもユダヤ人たちに水を与えた。彼らの勇気は特筆に価する。果たして同じことが自分にできるか? アネットのような自己犠牲を貫くことができるか? 逃げようと思えば逃げられたのに逃げなかったユダヤ人医師と同じことができるだろうか。映画を見ながらずっとわが身に問いかけていた。この映画は、そのような問いかけを観客にも迫る。


 この映画に登場する人々の何人かが実在の人物であり、彼らは戦後もそれぞれの道を生き抜いた。そして1995年、フランス政府が正式にユダヤ人迫害の責任を認めたときにやっとマスコミに取り上げられ、重い口を開いて当時のことを証言した。このときの証言が本作の元となっている。


 二度と再び戻らない命もあれば、地獄の中を生き抜いた命もあった。そんな人々が<語りえない過去>を語り、記憶をたどること、それが今を生きるわたしたちに大きな教訓を与えてくれる。証言者たちの勇気をも称えたい。
 誠実にかっちりと作られた映画だけに、解釈の多義性を生むような芸術的な作品ではない。しかし、多くの人に見て欲しい作品。

LA RAFLE.
125分、フランス/ドイツ/ハンガリー、2010
監督・脚本:ローズ・ボッシュ、製作:イーラン・ゴールドマン、製作総指揮:マルク・ヴァドゥ
出演:ジャン・レノメラニー・ロラン、ガド・エルマレ、ラファエル・アゴゲ、ユゴ・ルヴェルデ<<