吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ヤコブへの手紙

 終身刑のはずが、12年目で突然恩赦によって保釈された中年女性レイラは、フィンランドの片田舎の牧師館で職を得る。盲目のヤコブ牧師のもとに届けられる手紙を読んで返事を書くのが彼女に与えられた仕事だ。しかし、気持ちがねじくれてしまったレイラには、そんな仕事はただ面倒臭いだけだ。毎日たくさん届けられる手紙の束をこっそり捨ててしまったりするレイラ。しかし、あるときから、ぷっつりとヤコブ牧師に手紙が届かなくなる。



 キリスト教に限らず、宗教というのは世の中に起きるさまざまな問題の根本的解決にはなんらの力もないのだろう、と思う。金が無くて困っている人に「神のご加護を」なんて書いて送ってもなんの役にも立たない。神よりも金だ、必要なものは。仏教にいたっては、起きることがらすべてを受け入れて、「怒りに身を任せないように、文句を言わないように、その練習をしましょう」などという本がベストセラー上位ランキングに入るぐらいだから、およそ「現実を変革せよ、労働者よ闘え」と説くマルクス主義とは相容れない。



 しかし、そんな、何の役に立つのか分からない返事を待っている人々が確かに存在して、その返事を書くことを生きがいにしている老牧師が存在して、さらにはその牧師に手紙を読んでやって口述筆記することが本人にも気づかぬうちに生きる糧となっていた女性が居る。終身刑のレイラは殺人と言う罪を犯していた。やがて彼女の犯罪の経過が語られるとき、観客はその言葉を大いなる同情心をそそられずに聞くことはできない。



 たった75分の短い作品で、登場するのは盲いた老牧師と冴えない太った中年女性と、郵便配達夫ぐらい。何が起こるわけでもない静かな生活が淡々と描かれるだけなのに、わたしたちは心が洗われるような感動にひたされる。終始不機嫌な仏頂面を見せているレイラが、やがて罪を浄化して救われる場面に遭遇する。その瞬間の感動のためにこの映画はある。田舎の草だらけの道や、雨漏りのする古びた牧師館や、固いパンを盲いた身で器用に切ってみせる牧師の手元や、ギコギコと自転車をこいでやってくる朴訥とした郵便配達人や、それら一切の美しくも寂れた絵のすべてが心に沁みる。本当に地味で地味で、絶対にヒットしない作品だけれど、必見の佳作。

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POSTIA PAPPI JAAKOBILLE
75分、フィンランド、2009
監督・脚本: クラウス・ハロ
出演: カーリナ・ハザード、ヘイッキ・ノウシアイネン、ユッカ・ケイノネン、エスコ・ロイネ