吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

イリュージョニスト

 これは素晴らしい。チャップリンの「街の灯」のような感動をもたらす映画。今年のベスト10に入ると思う。というか、これまでのところ、ベスト1か2。

 「ベルヴィル・ランデブー」を作った鬼才ショメがジャック・タチの遺作脚本をもとに製作したアニメというからいったいどんな奇抜なものが、と思ったが、これは前作とはまったくタッチの違う、ファンタジー色が全編を覆う切ない物語だ。


 「ファンタスティック Mr.Fox」、「イリュージョニスト」と、2作続けてアニメを見たが、出来が全然違う。ショメの画にはうっとりするほど細かく描き込まれた水彩画のような淡いタッチの美しい背景がある。思わず身を乗り出してしまうような渋くて寂しげな風景なのだ。いつまでも見ていたくなる。こんなに細かなところまできちんと描いてあるのだからこの感嘆すべき芸術作を堪能するためには絶対大画面でなければならない。あまりの美しさに、画面を止めて欲しいと思ったほどだ。ひと時画面を止めて、じっくりと眺めて惑溺したい。この大きな画面を独り占めして飽きるまで眺めていたい。この映画の素晴らしさは、スティール写真としてどの場面を切り取っても美しく決まっているというだけではない。侘びてかつ雄大な風景に交差する列車の印象的な明るい色が動く、その配色の絶妙さにも動きの優雅さにもうなってしまう。


 ストーリーは実にシンプルで分かりやすいが、台詞がほとんどないので、画面を食い入るように見つめていなければならない。最初のうち人物のデザインがわたしの苦手なタイプだったので少し苦になったが、たちまち引き込まれていった。時代と場所が初めから特定されているというのに、いつの時代なのかわからない古びた、どこにもない場所の雰囲気をかもし出している。作品全体が夢物語のような儚さに満ちていて、ノスタルジーをそそる。


 時代は1959年、場所はパリ。場末のホールに立つ初老の手品師のタチチェフは時代遅れの手品芸を披露するが、喜ぶ客はいない。今日もドサ回り稼業が続くタチチェフはスコットランドの離島にやってきた。安宿に泊まるタチチェフが下働きの少女アリスに手品を見せてやると、彼女はすっかり驚いて、タチチェフを魔法使いと思い込む。シャツを洗濯してくれたり何かと親切にしてくれる貧しいアリスを喜ばせるため、タチチェフは赤い靴をプレゼントする。魔法で靴を出してもらったと喜ぶアリスは、タチチェフに付いて島を出てしまう。やがて二人は言葉が通じない同士のまま、エジンバラで一緒に暮らすことになり…



 無垢ほど罪深いものはない。少女アリスは魔法使いのおじさん(おじいさん?)と思い込むタチチェフに無邪気にねだる。田舎暮らしの貧しい少女が、都会のショーウィンドウに飾られた最新流行の服や靴に夢中になる。ねえ、魔法であれを出してちょうだいな。タチチェフは、生き別れの娘の面影をアリスに見たのか、彼女の願いをかなえてやろうと無理をする。アリスはタチチェフの愛を貪り尽くし、彼を疲弊させるが、そんなことには頓着しない。

 少女の無邪気な欲求はいくらでも際限がない。物欲にとらわれた娘は要求を増長させる、悪魔のような存在だ。だが残念ながらこの少女は無垢であり、タチチェフを尊敬し、留守中に美味しいシチューを作ったりして彼女なりに世話になったお礼返しをしているのである。悪魔なら追い出せばいいだろうが、無垢な愛すべき存在は追い出すことができない。


 この映画では、去り行く者、廃れ行くもの、時代に取り残されていく者たちの悲しみが存分に描かれている。そして、若く希望に満ちた少女は自分が踏みつけにした老人の思いを知る由もない。手品師、ピエロ、腹話術師、いずれも時代から取り残されていく芸人たちの哀れさが胸を締め付ける。

 献身する者の思いはなかなか届かないものだ。愛を捧げる者だけではなく、受け取る者も大人でなければならない。わたしたちはいつでもこのような片務的な愛の世界に生きている。


 ショメのタッチは繊細で、細かな所作や背景の一つ一つに映り込む小さなシミや綻びまで再現してしまう。そして一方で、さっと流したように描かれた建物の絵柄が暖かくも寂しい。エジンバラの街並を鳥瞰するシーンのカメラの回りこみかたは絶品。その雄大さに打ちのめされたい人はすぐに劇場へ! ほんとうに素晴らしかったです。お奨め。東北地方ではちょうどこれから上映されるようです。映画館へ足を運ぶことの出来る人は是非是非大きなスクリーンでご覧になってください。


 それにしても今年のアカデミー賞の長編アニメーション候補はレベルが高い。「トイ・ストーリー3」 「ヒックとドラゴン」「イリュージョニスト」、この3本が相並ぶとは選ぶほうも嬉しい悩みだったろう(結果は「トイストーリー3」の勝ち)。

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L'ILLUSIONNISTE
80分、イギリス/フランス、2010
監督・脚本・キャラクターデザイン・編集・音楽: シルヴァン・ショメ、製作: ボブ・ラスト、サリー・ショメ、オリジナル脚本: ジャック・タチ
声の出演: ジャン=クロード・ドンダ、エイリー・ランキン