吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

英国王のスピーチ

 ここのところ、映画の感想が滞っていた。震災前から既にあまり「書く」ということにパッションを感じなくなっていたのだが、震災後はいっそうそういう気分に陥っていた。別に自粛しているわけでもなんでもなく、気分が落ち込んだり気が滅入ったり。わたしですらこうなのだから、被災された方たちやその身近な人たちはどのような気持ちで日々を過ごしておられるのだろうと思う。

 
 でも、世の中はゴールデンウィークである。ここで消費意欲を掻き立てなければ、日本経済は回らない。長期的にはもっとゆっくりとした、消費一辺倒ではない経済体制を構築すべきと思うが、短期的にはどんどん消費して金を回さねばならない。


 というわけで、唯一わたしにできそうな日本経済への貢献は映画である。これしかないので、どんどん良い映画を紹介して皆さんにご覧になっていただきたい。映画館に足を運んで欲しい。そして、息も絶え絶えのわが図書館、日本一貧乏なエル・ライブラリーへのご支援もお願いします。

 冒頭から映画と関係ない話で失礼しました。では、既に二ヶ月近く前に見た作品なんだけれど、やはりこれは書いておかねば、という良い映画、「英国王のスピーチ」。まだ上映中なので急いで映画館へ!


 主人公の英国王はジョージ6世。華やかな女性遍歴で知られた兄が独身のままエドワード8世として即位したのが1936年。かの「王冠をかけた恋」と呼ばれた、シンプソン夫人との結婚のために一年も経たずに退位したのがエドワードだ。本来ならば回ってくるはずのなかった王位が自分の前に突きつけられたとき、泣いて嫌がったジョージには、吃音という大きな悩み/コンプレックスがあった。
 

 その吃音をなんとか直そうとやっきになって彼を支え続けた優しく明るい妻エリザベスが町で見つけてきた言語聴覚士が、オーストラリア人のライオネルだった。医者の資格を持たないライオネルの本職は役者。しかしライオネルはシェークスピア劇のオーディションに落ち続ける。役者として失格のライオネルが言語聴覚士としては優秀なのだろうか?

 型破りな「治療」を施すライオネルに反発して一旦は治療を受けるのを拒否したジョージだが、ライオネルの治療法に効果があることに気づく…。



 本作で、国王は「語る者」でなくてはならないとされている。「国王が馬にまたがっていればいい時代ではないのだ、いまや王は国民にサービスせねばならない」と父王ジョージ5世が言う場面が印象的だ。権力の象徴は<言葉>である。しかもそれは書き言葉ではなく、音声をもって語らねばならない。ここが日本の天皇と大きな違いである点が実に興味深い。昭和天皇は決して臣民の前で演説したりしなかった。天皇の声を一般国民は誰も聞いた事がなかったのだ。初めての天皇の声、それが1945年8月15日の終戦を告げる放送だった。日本において敗戦まで天皇とは「御真影」の姿を仰ぎ見るだけの存在であった。

 だが、イギリスでは違う。国王はドイツとの開戦に当たって宣戦布告の声明を読み上げ、国民を鼓舞せねばならない。この緊張の瞬間、ラジオの生放送に臨むジョージ六世の前にはライオネルが控えている。日ごろの訓練の成果が出るのかどうか、世紀の演説が始まる。手に汗握るこの場面でのコリン・ファースの熱演はちょっとやりすぎだったかもしれない。それと、この場面でなぜBGMがベートーベンなのかと首をかしげた。何かの皮肉のつもりかな。


 吃音に悩み演説を恐怖したジョージ六世の心理を歪んだ画面や広角カメラで描写する撮影ぶりや、全体にとても落ち着いた画面作りには好感が持てる。ライオネルと国王夫妻との絶妙に面白い会話といい、脚本のよさも光っている。ヘレナ・ボーナム=カーターはティム・バートンの映画に出ている女優と同一人物とはとても思えない。元々こういう役のほうが似合っているのではないか、心優しい王妃の役を好演。


 大勢の巧者によって風格を与えられた本作では、脇役たちのキャラも際立っていて、特に「おお」と思ったのはチャーチル首相である。熊沢透さん(福島大学)がいみじくも「インチキ賭博場のオーナーみたいだ。人格としての好き嫌いは別として、チャーチルにはもっと貫禄と迫力があったはずだ」(情報源)とおっしゃるように、実に怪しげな人物として描かれている。なにが怪しいといって、外見である。あの下品さはたまりません。未見の方はこれもお楽しみに。ティモシー・スポールってあんな役ばっかりなのよね。

 特筆すべきはジェフリー・ラッシュ、完全に主役を食っている。助演男優賞はぜひあげてほしかったと思う、素晴らしい演技だった。黙って立っているだけでどことなく怪しい雰囲気が漂う言語聴覚士を地で演じたのではないかというほど役にはまっている。


 一方、メタメタに描かれているのがエドワード8世とシンプソン夫人だ。この映画の通りだとすると、王冠を賭けた恋などという純愛ではなく、かなりしたたかな女性であったようだ。王室のスキャンダルをこのように赤裸々に描いてエリザベス女王が怒ったかというとさにあらず。感激して泣いたという話だから、父王と母王妃との深い愛情を見て心が和んだのであろう。この映画は国王という権力と国民統合の象徴たる人物の物語であると同時にファミリーの物語である。国王夫妻とライオネルが「友達」関係であるところも、階級を超えた(超えてないけど)親密さとユーモアに溢れている。そういう点では、大勢の観客の心をつかむ安心作品といえるだろう。

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THE KING'S SPEECH
118分、イギリス/オーストラリア、2010
監督: トム・フーパー、製作: イアン・カニングほか、製作総指揮: ジェフリー・ラッシュほか、脚本: デヴィッド・サイドラー、音楽: アレクサンドル・デスプラ
出演: コリン・ファースジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム=カーター、ガイ・ピアースティモシー・スポール