吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人

 本作を見る前に「冷たい熱帯魚」を見てひじょーに気分が悪くなったのだが、そのことは書かない。「冷たい熱帯魚」の感想をどうしても知りたいという方がおられたら書きますので、コメント欄にリクエストしてください。Twitterで@を飛ばしていただいてもけっこうです。
 さて、その「冷たい熱帯魚」のお口直しにこの映画。実によかったです、一服の清涼剤としてほっこり・にっこりさせていただきました。

 NYのアパートに慎ましく生活する老夫婦のハーブとドロシーは、郵便局員と図書館司書だった。夫妻はアートが大好きで、結婚当初は自分たちで絵を描いていたのだが、次第に作品を買い集めるようになり、やがて壁にかかる絵が自分のたちのものよりも他人が描いたものが増えるにしたがって絵を描くのを止めてしまった。以後、ハーブ&ドロシー・ヴォーゲル夫妻はひたすらアートを買い続けることになる。彼らの収集基準は二つ。自分たちの収入で買えるもの。アパートに入る大きさのもの。

 この二人は集めた作品のほとんどすべて、約4000点を1992年にナショナル・アート・ギャラリーに寄贈した。名もなき夫妻の名前はたちまちマスコミに知れるところとなったわけだが、彼らの生活は新婚の頃から未だ変わらず、慎ましいアパート住まいが続く。本作はそんなハーブとドロシーを4年越しで追ったドキュメンタリーである。


 現代アートを収集し続けたハーブたちが集めた作品は、現在では値が上がって数百万ドルの価値があるという。だが彼らは決してコレクションを売らない。名もなきアーティストの作品を何年にもわたって買い集め続け、作家の年代記のように作品を収集するハーブとドロシーには、ただただ「好きなものを集めたい」という純粋な気持ちだけがあるという。コレクターの心理を代弁するかのような映画だ。

 映画は前半、彼らが集めた作品を次々と映し出していく。と同時に、それらの作品を生んだ作家へのインタビューを交える。だが、この場面は映像美とはいいがたいカメラで捉えた映像が続き、見ているのがしんどい。残念ながらこの映画はアート作品を映し出す場面が退屈で寝てしまう。ところが、ハーブとドロシーのキャラクターがよくわかる場面は抜群に面白い。たいそう小柄な身体を寄せ合ってよちよちと歩くヴォーゲル夫妻はほんとうに仲がよい。結婚以来、離れていた日は5日ほどしかないというぐらいの仲のよさで、ちょっとわたしには想像もつかないのだが、そんなにいつも一緒にいてよくもったもんだと感動する。二人は互いを尊敬しあい、好きなアートを見て回ることに余暇のすべてを使い、気に入ったアートを買うことにお金のすべてを使った。自身は新婚時代以来の狭いアパートに住み、爪楊枝1本も入る隙間も無いぐらいにアートだらけの生活を続けたのである。

 彼らが好きなのはアートだけではない。猫も魚も好き。アパートでは亀も飼っている。PCを買いに行った電器店に水槽があったら思わずお魚ちゃんに目を奪われるハーブ爺さんが可愛い。

 感心するのは、さすがは図書館司書、ドロシーはアートに関する新聞記事をすべてスクラップし、資料を集め、膨大なアーカイブを構築した。そういった努力も惜しまぬ姿勢にはただ脱帽する。この姿勢、見習わなくては、と襟を正した次第である。

 スローライフを地で行くような二人の慎ましい生活と、利殖のためではなくひたすら好きなもののためにコレクションを続けたというオタク魂があっぱれで、心から拍手を送りたくなる。ハーブとドロシーにはいつまでも長生きしていただきものだ。


 さて、ここで教訓。細々と民の力で集め続けた作品が最終的にはナショナル・アートギャラリーという国立美術館の手に委ねられた。ここには、文化継承の一つの理想の姿がある。振り返ってわが大阪府はいかに? 文化を理解しない人が首長になるととんでもないことが起きるという恐怖をまざまざと見ている今、大阪の文化は誰が守るのか、空恐ろしくなる。なんとかさまざまな局面で文化を守り育てねば、と思う。思うからこそ、なけなしのお金をすべて文化のために使いたいと思う今日この頃。



 #クリストとジャンヌ・クロード夫妻の作品「ザ・ゲーツ」って伏見稲荷やんか、と思ったのはわたしだけ? http://blog.nyslowlife.com/archives/14268232.html

HERB & DOROTHY
87分、アメリカ、2008
監督・製作: 佐々木芽生、撮影: アクセル・ボーマン、音楽: デヴィッド・マズリン
出演: ハーバート・ヴォーゲル、ドロシー・ヴォーゲル