吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

愛する人

 母と娘の映画。母か娘でないと理解できないような映画かもしれない。だとすると女性専科ということになるが、この映画を男性はどう見るのか、知りたいもの。わたしは映画を見ながら自分の子育てを思い出した。思い出してまた涙が溢れた。


 さすがは「美しい人」のロドリゴ・ガルシア監督とイニャリトゥ製作総指揮のコンビの作品だけあって、ストーリーテリングの巧みさにはうなってしまう。登場人物たちが置かれた立場や心理をわずかな台詞で際立たせる細やかな描写は、脚本の上手さに拠る。その脚本に応えて役者がみな磐石の芝居をしているため、緊張感の高さが持続する。

 物語は、3人の女性たちを並行して描く。14歳で出産し、生んだ子どもはその日のうちに養子に出されてしまったカレン(アネット・ベニング)。カレンの娘であり、17歳で養親とも別れて以来一人で生きていた37歳の弁護士エリザベス(ナオミ・ワッツ)。子どもができないため、養子をもらうことを決意しているルーシー(ケリー・ワシントン)。

 カレンは映画の前半、ずっと不機嫌である。口元を固く引き締め、いつも険しい顔をし、療養士として働く病院の同僚から寄せられる好意にも頑なな態度を見せる。彼女は老いた母親と一緒に暮らしているが、自分が生んだ娘を養子に出してしまった母を内心恨んでいるようだ。

 美しく成長したエリザベスもまた心を閉ざして生きてきた。彼女は有能な弁護士ではあるが職場を転々とし、いままた新しい弁護士事務所に転職した。上司であるポール(サミュエル・L・ジャクソン)との情事でも主導権を握る積極的な女性であり、アパートの隣人とも関係を持つ奔放さが目を引く。これもまた彼女の孤独がもたらす歪んだ人間関係の築き方なのだろう。

 ルーシーはどうしても母親になりたくてたまらず、あまり乗り気でない夫を叱咤激励して養子を斡旋してくれるカトリック系施設に足を運ぶ。やっと、生まれてくる子どもを引き渡してくれるという20歳の妊婦に出会うが、彼女の居丈高な態度に忍耐を強いられる。

 この3人がいつ出会うのだろうか、その興味が物語を引っ張る。37年間出会うことのなかった母と娘が、それぞれの身近な生と死をきっかけとして互いを求め合う。身を切るような孤独のなかで、一度もほしいと思わなかった母の愛を、実は求め続けてきたことに気づいたエリザベス。自分と母親との確執が最後まで解けることがなかったカレン。母と娘はようやく互いを捜し始めていた……


 この映画に描かれていることは、わたしが子どもの頃に読んだ漫画の母娘物にパターンが似ている。血の繋がらない母と娘、本当の母を捜す。捨て子、親探し。なかなか出会えない母と娘。思えばこれは母娘ものの王道、古いタイプのお話なのかもしれない。ただし、娘が有能な弁護士で上昇志向の強い人間として登場するところが現代のアメリカ的と言えようか。


 女優としての華のいっさいを脱ぎ捨てて、眉間にしわを寄せ口元を歪めているアネット・ベニングの役者根性に感嘆した。映画の後半を過ぎてやっと彼女は笑顔を見せてくれる。そのときのやさしくて魅力的な微笑みには見ているこちらも思わず口元が緩む。ナオミ・ワッツの美しさにはまさに魅了された。知的で意志を秘め、なおかつ根っこの部分に柔らかなものを湛えているその瞳に引き込まれる。彼女の妊婦姿は本物だ。大きなお腹がゆったりと波打ち、赤ん坊がおなかを蹴っていることがわかる場面では、わたし自身の妊娠中を思い出して感動してしまった。

 その他、脇を固める役者たちがみな達者である。台詞が少ない作品なのに、彼らの目の演技だけで観客にはすべての事情が飲み込めてしまう。

 原題は「母と子ども」。母と子どもとその子ども。母から娘へと、思いは引き継がれ、愛は果てしない。たとえ血のつながりはなくても、母になることはできる。誰も愛から見放されてはいない、今の自分を愛おしく思える、そんな暖かさに満ちた映画。子どもを生み育てることの厳しさをまた改めて思い出した。母になる覚悟を引き受けるのは、容易ではない。と同時に、母であることを捨てるのも容易ではない。

 この映画を、母ではない女性はどう見るのだろう。「母性賛歌もの」ともまた違う、愛を求める人々の切なさがこだまする良作。

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MOTHER AND CHILD
126分、アメリカ/スペイン、2009
監督・脚本: ロドリゴ・ガルシア、製作: ジュリー・リン、リサ・マリア・ファルコーネ、製作総指揮: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリト、音楽: エドワード・シェアマー
出演: ナオミ・ワッツアネット・ベニングケリー・ワシントン、ジミー・スミッツ、デヴィッド・モース、サミュエル・L・ジャクソン