吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

アブバとヤーバ

 スーダンと日本のアブバとヤーバ(おじいさんとおばあさん)を描いたドキュメンタリー。
 映画リテラシーがないと、意図が汲みとりにくい作品だ。取材地はスーダン2カ所、日本2カ所。インタビューに答えるのは老人たち。スーダンの老人は戦争と病気によって息子や娘たちを亡くし、遺児である孫を育てている。日本の老婦人小山さんは、スーダンの子どもと文通している。スーダンと日本を繋ぐのは、その文通という手段である。しかし、千葉に住む85歳の生花商の石井さん(男性)と、スーダンを繋ぐ糸は見えない。

 一見したところ、この映画は日本とスーダンの場面を交互に見せているだけ、とも思える。いったいこの四カ所の話がどうつながるのか、イニャリトゥ監督作品のようにバラバラのピースがいつかぴたっと嵌るような展開になっていくのかと訝しくも期待を込め始めた頃、思いがけない「糸」が見えてくる。それは「ソルガム」だ。


 スーダンの主食はソルガムという穀物の粉を挽いて水で練ったものを鍋にかけ、酸っぱいソースをかけて食す。あるいは、フライパンでクレープのように薄く焼く。鍋でどろどろに練られたソルガムはどう見ても粘土をこねたようにしか思えず、美味しそうには見えないし、それを鍋から手づかみで子ども達が食べている様子を見ると、とても食事風景には思えない。大きな口を開けてソルガムを食べる幼子のつぶらな瞳が愛らしく、思わず微笑んでしまうが、わたしはその食事風景に異文化を強烈に感じた。

 
 ところが、その異文化ソルガムが、日本ではコーリャンという中国名で呼ばれる穀物であったのだ。ソルガムを食べる子ども達のビデオを見た東京の小山さんが、「あれはコーリャンよ」と言う。監督たちがスーダンから持ち帰ったソルガムを使って昔懐かしいコーリャンのお菓子を作る。ここにきて、この映画もまた記憶をめぐる作品であることがわかる。ソルガムを見た日本の老人はコーリャンを思い出し、戦中戦後の苦しい生活に思いを馳せ、問わず語りに話し出す。戦争が終わったばかりのスーダンではその後遺症が生々しく残る。そんなスーダンの人々の様子にも刺激され、小山さんは空襲の中を逃げ惑った話をし、戦後は食べるものもなく貧しかったことを語る。


 千葉の石井老人は一人暮らし。娘や息子たちは電話もかけてこないと愚痴るが、淡々としたものである。石井さんもまた出征した記憶がいつまでも生々しく残る。お金のことで人に騙されたり、妻子に去られたり、いろんな目に遭って今は孤独に暮らす石井さんの自慢は身体の柔らかさ。胡坐をかいて膝で立ち上がって器用に歩く。
 石井さんは「満州」に出征した時のことを延々と語る。戦争の記憶がこの老人の核の部分を作っているのだろう。


 この映画で語られるのは、遠い戦争の記憶と、終わったばかりの戦争の傷跡だ。遠い戦争は日本、終わったばかりの戦争はスーダン。日本とスーダンを繋ぐ記憶の環は「戦争」であるが、それとて、戦争の痕など何もないかのような今の日本の場面を見ていると見過ごしてしまいそうになる。やはり印象的なのはコーリャンの場面だ。スーダンと日本で同じものを食べている/食べていた、ということだけで突然この二つの国の距離が縮んでしまう。戦争という悲劇を通してではなく、同じ食べ物を通じて人と人は現在と未来を共に生きていることを実感する。わたしにはそう思えた。


 スーダンの少年セビットは学校に行きたいのだが、授業料が払えない。セビットは戦争のせいで両親と別れてしまい、祖父母に育てられた。母は死んだと思っていたが、実は生きているということを祖母から聞いた。「会いたい、少しだけでも」という彼の想いは母に届くのだろうか? かの国では人の命が軽い。死んでも庭の片隅に小さな墓があるだけだ。その墓も単に石ころが転がっているだけのように見える貧相なものであり、死者を祀っているとは思えなくて驚いた。戦死した者も多いし、エイズで亡くなった者も多い。戦争がエイズを蔓延させたという。スーダンは今でも戦後の混乱の中にある。

 
 そんなスーダンの老人や子どもたちを見て、日本人たるわたしたちに何ができるのだろう? 大宮監督はいった何が言いたかったのだろう。スーダンのことを知ってほしい。日本のことも知ってほしい。監督は素材を差し出した。あとは自分で考えてほしい、という静かなメッセージの受け止め方は実にさまざまだろう。一つのことを声高に叫ぶ映画ではない、禁欲的な作品だからだ。


 <アフリカ>という異文化に接するとき、E・サイードが批判してやまない「オリエンタリズム」を抜きにしてわたしたちはアフリカを見ることができるだろうか。例えばこの映画を上映し終わった後で、「セビットが学校へ行けるように寄付してください」と募金箱をまわせば彼一人の授業料ぐらいは集まるだろう。しかし、この映画の上映会ではそういうことはしない。大宮監督もセビットが学校へ行けるようにしてやりたいと思った、と上映会後のトークで語っていた。そこで監督がしたことは、セビットを通訳などの労働に就かせることだった。労働の対価としてセビットに賃金を払ったという。寄付を集めて援助するだけでは、日本人は永遠に支援者で、スーダンの人々は永遠に支援される人であり続ける。そのような片務的で権力的な関係がスーダンの人々に生きる力や喜びを与えることができるだろうか。だから、大宮監督がセビットに仕事を与えたことは正しいのだと思う。


 だからこそ、と見終わって考え込んでしまうのはここだ。大宮監督はスーダンで映画を撮ることで現地の人々が自立できるように少しでも援助ができる。では観客であるわたしたちは何をどうすればいいのだろう。


 そんなふうに考え込んでしまった自分自身に気づいて、「ああ、そうか、大宮さんが言いたかったことはこれなんだ」、と腑に落ちた。見終わったあと、考え込んだり悩んだり。願わくば、字幕で解説をつけるだけではなく、ナレーションを加えていただければ。パロール(音声)派もエクリチュール(文字)派も満足させられるようにしてもらえば、中学高校生にも分かりやすくなるだろう。ぜひ若い人に見て欲しい映画だ。

 「アブバとヤーバ」の公式ブログはこちら。
http://abubayaaba.blog42.fc2.com/


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 わたしがエドワード・サイードの『オリエンタリズム』(1978年)に言及したのは、その言説の歴史的意義にかんがみて、という譲歩付きである。サイードのオリエンタリズム批判は西洋が東洋を見る時の蔑視・憧憬・異質なものへの違和感、といった感情・評価を裏打ちする権力構造を暴くという意味では、意義ある仕事だったと思う。しかし、21世紀の今でも同じオリエンタリズム批判を繰り返されるのは、正直うんざりする。「先進国」の傲慢がなくなったわけではないが、しかし、いつまでも「後進地域」が先進国の侵略を糾弾するばかりでは進歩がないし、「先進国」が常に加害者であり続けいつまでも被害者に謝罪し続けなければならないわけでもないだろう。それでは互いにとって明るい未来はないし、「後進地域」の主体性はどこにあるのか、と問わずにはいられない。


 この映画の製作者は既にサイードのオリエンタリズム批判の地平を越えている、とわたしは思う。しかし、観客の側がそうであるとは限らない。観客は、常に製作者の意図を曲解して/超えて/さらに深く読んで/浅く理解して、さまざまに読み取るものである。そこも織り込み済みでこの映画は作られている。

製作・監督:大宮直明
撮影:大宮直明、大見全、吉益美帆、遠藤俊太郎
音楽:唄種「旅人」「endless letter」
   オリジナル・ラスコビ