吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

桜田門外ノ変

 先日、岡山在住の大学の先輩がわたしのブログを読んでいるとの情報を得てびっくりした。もう30数年も会っていないし何のつきあいもなかったというのに、わたしのブログを発見して読んでいてくださったとは、感激である。大学時代の先輩や後輩に何十年ぶりかで再会(後輩に至ってはわたしのほうは学生時代に会った記憶がない)すると、「映画評、読んでいますよ」とか「ピピ姫さんでしょ、ブログ見ています」とか言われて仰天することがあるが、これはネット時代の嬉しい果実の一つであろう。


 で、最近ではブログよりもツイッターのほうが情報が速かったり、わたしのお気に入り映画ファンがちっともブログやHPをアップせずにつぶやいてばかりいるため、やむなくわたしもTwitterを始めることにした。https://twitter.com/#!/ginyuryojin

 
 さて、もう一ヶ月近く前に見た映画だけれど、感想をアップしていなかったことに気づいたので、少しだけ書いておこう。これまた父とY太郎と3人で見た時代劇。親子3代の映画ファンで鑑賞したのであった。今年の日本映画は時代劇花盛りである。本作はプレミアシート(ヘルニアシートにあらず)での鑑賞だったため、リクライニングできて快適。快適すぎて、Yは約1時間、父は約30分ほど熟睡できたとか。わたしは珍しく一睡もせず、退屈もせずにすんだ。


 桜田門外の変を、襲撃の現場指揮者であった水戸藩士関鉄之介の視点で描く。関は事変の後、1年以上逃げのびたが、潜伏先で逮捕され斬首となる。享年37歳。



 この映画は作品の出来よりも、その生い立ちに興味が湧く。「県民創生映画」だそうで、市民団体が町おこしならぬ県興しのために企画したという。中には仕事を辞めてボランティアに参加した人もいたというから、その熱意は並々ではない。最近はこういう町おこしがあちこちで盛んなのだろう。茨城県民挙げての企画だったらしく、クレジットに「協力」として茨城県関係の個人団体名がずらり。連合茨城の名前もあった。

 でもそれならば、せっかくの県民の郷土愛によって作られた映画なら、なぜもっと茨城色を出さないかと不思議だ。薩摩藩士は薩摩弁だし、鳥取も同じく方言でしゃべっているのに、なぜ水戸藩士は方言でしゃべらないのか? これではまるで地域性のない、どこの地方の出来事なのかわからないではないか。水戸弁で演じたらかっこ悪いとでも思っているのだろうか? そういえば、公家は京都弁だったが、井伊直弼は標準語だった。これもオカシイ。

 とまあ、時代劇でよく感じる「オカシイ」がこの映画にもあるのだが、全体としては退屈もせず、淡々と進む物語を興味深く見ることができた。とはいえ、桜田門外の変を映画の初めに持ってきたことが構成上、成功だったとは言いがたいのではないか。後半のクライマックスがどこにあるのか判然とせず、緊張感が持続しない。時代劇の醍醐味たる殺陣にしたところで、前半の井伊襲撃の場面だけが見せ場で、後半の関と鳥取藩士との勝負などはほとんど何の緊張感もなく、なんのためにあるのかわからない。

 また前半の見せ場も、「十三人の刺客」のような延々と続く斬り合いを見たあとでは感動が薄い。それに、関を匿う庄屋の律儀さや義侠心も、「なぜ命を懸けてまで関を守るのか」という観客の疑問にに答えている脚本ではない。


 とまあ、文句ばかり書いたが、久しぶりの政治時代劇である。骨太と言うか、大味になるのはある程度やむを得まい。幕末の動乱期ゆえ、各藩の思惑が複雑に絡み、また1年違えば藩主の考えも変わってしまう。機を見るに敏でなければ生き残れない時代であったのだ。そのようなややこしい政治状況を説明した上で人間ドラマまで描こうとするとちょっと無理があったのかもしれない。また、前半に井伊襲撃を持ってきたのはよろしくないと書いたが、これは仕方のないことだろう。この作品は桜田門外の変以後を描くものなのだから。それに佐藤監督としては、クライマックスに襲撃を持ってきて水戸藩士を英雄に祭り上げるようなことはしたくなかったという。その意図は分からないではない。桜田門外の変はしょせんは個人テロである。井伊直弼一人を殺して革命を起こせるわけではない。かといってこのテロが情勢に影響を与えなかったかといえば、さらにあらず。


 個人的には時代劇大好きだし歴史事件への興味があるので全然退屈せず、むしろ幕末政治史をかなり忘れてしまっていることに思い至って愕然としつつ、「これを契機に勉強しなおしたい」という気持ちがムラムラと湧いたりして、それなりに刺激的な作品であった。

137分、日本、2010
監督: 佐藤純彌、プロデューサー: 三上靖彦ほか、原作: 吉村昭、脚本: 江良至、佐藤純彌、撮影: 川上皓市、音楽: 長岡成貢
出演: 大沢たかお長谷川京子柄本明生瀬勝久中村ゆり本田博太郎伊武雅刀北大路欣也