吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

クヒオ大佐

 結婚詐欺師のクヒオ大佐が叫ぶ。「僕は誰も騙しちゃいない。彼女たちが望むようにしてやっただけだ」。これが詐欺の本質だろう。後期資本主義じたいが詐欺なのだ。需要のないところに供給を生む、詐欺だ。人々の欲望をたきつけ、欲望に火をつける。欲望と願望にのっかって、資本主義は成り立つ。クヒオ大佐を誰が裁くことができるだろう?


 実在の詐欺師クヒオ大佐は1970年代から1990年ごろにかけて「活躍」した結婚詐欺師。舞台を湾岸戦争時においたことは事実に近いが、湾岸戦争の論理が登場するのは鼻白むシーンであった。馬鹿馬鹿しい青い議論を繰り返す「金だけ出して人を出さないニッポン」とか「世界平和のために」とか「90億ドル出して誰も喜ばない」だのと訳の分からない似非社会派ぶったりするより(いや、ここも笑いのツボなのかもしれない)、こういう場面はすっ飛ばしても良かった。
 
 嘘は大きいほど人は騙されるとばかり、ヒトラーばりの大嘘つきのクヒオ大佐、「父はカメハメハ大王の末裔、母はエリザベス女王の妹の夫のいとこ、自分は米軍特殊部隊ジェットパイロット」だって、よくそんな言葉に騙される女性たちもいたものだと呆れるけれど、騙されるほうも相手が大きいほど自己満足できるから良いんだろう。ブランドもののファッションに惹かれる心理とまったく同じ。彼女たちは「記号」に騙されているのだから。しかし本作では、一人、「記号」ではなく「クヒオ本人を愛している」という、しのぶという弁当屋の社長が登場。彼女の献身ぶり、一途さが泣かせます。

 クヒオ大佐がなぜわざわざばれる可能性の高い外国人に化けたのか、それがこの映画のミソだ。もちろん詐欺はいずればれて彼は逮捕されるのだが、やはりそのきっかけは無理な外国人設定にある。英語ができる人間に遭遇すればたちまち彼の片言英語などおかしいとばれてしまうし、配りまくっている英語の名刺にもスペルミスが! アメリカに追随して生き延びてきた戦後日本、その日本への批判がこの映画には込められているのだ。とはいえ、それがこのコメディ映画のなかで未消化なまま描かれてしまうと見ているほうが恥ずかしくなる。アメリカコンプレックスがクヒオ大佐という人物を生み、クヒオ自身の貧しい生い立ちがさらにコンプレックスを高め、騙される女たちもまた白人コンプレックスをうまく突かれてしまう。誰もが記号に騙されているのだが、この映画は独自の視点をもちこみ、クヒオ自身を愛していると思いこむしのぶを登場させた。彼女はクヒオが纏っている記号ごとクヒオ自身を愛している。だから、クヒオが米軍のパイロットであろうがなかろうがクヒオに最後まで殉じるのである。これを本作では「純愛」として感動的に描いてしまう。こんなコメディ映画なのに松雪泰子の渾身の演技には戦慄を覚えるほどだった。


 何カ所か、思わず笑ってしまうシーンがあり、なかなか面白かった。

112分、日本、2009
監督: 吉田大八、製作: 柿本秀二ほか、原作: 吉田和正 『結婚詐欺師クヒオ大佐』、脚本: 香川まさひと、吉田大八、音楽: 近藤達郎
出演: 堺雅人、松雪泰子、満島ひかり中村優子新井浩文