吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ボローニャの夕暮れ

 連続3本鑑賞の3本目。この日の3本はどれも「そこそこ」という印象。特別に感動作もなかったかわりに「外れ」というのもない。ただ、3本ともかなり期待値が高かったので、そういう意味では残念。どれもこれもDVD鑑賞で十分ではないか。いや、この手の映画はやっぱり劇場で見ないと、家のテレビで見たらいっそうスケールの小さな作品に思えてしまうだろう。


 本作は原題の「ジョヴァンナのパパ」のほうがよほどすっきり内容を表しているが、プピ・アヴァティ監督の故郷ボローニャを舞台に、ファシズムと戦争の時代を背景とする家族の崩壊と再生を15年近くにわたって描く物語。


 全編にわたってほとんど色のない映画。微かに着色してあるけれど、セピア色であったり、ほとんどモノトーンのようであったり、暗い時代の暗い物語ゆえなのか、イタリアの明るい空など拝めると思ったら大間違いの作品だ。
 

 原題が示すように、本作はジョヴァンナという少女と献身的な父親の物語である。ジョヴァンナは引っ込み思案で冴えない17歳。父親ミケーレは美術の教師で、ジョヴァンナは父が勤める高校に通っている。父親はわが子を心配するあまり、恋愛にまで口出しし、なんとか似合いのボーイフレンドを見つけてやりたくてやっきになる。とうとうある日、単位を落としそうになったハンサムな少年にジョヴァンナが恋していることを知った父は、単位が欲しければ娘と仲良くしてやってほしいと誘いの言葉を囁く。それはいくら普段良い教師であっても、やってはならないことだったのだ。しかしミケーレは娘かわいさのあまり、教師の権力を使ってしまった。そのことが大きな悲劇を生むことになるとは思いもせず。


 ジョヴァンナは心を病んでいたのだ。そのことに家族は気づいていなかった。戦争が始まるのと軌を一にするかのように彼女は精神病院に収容される。戦火の下、足繁く面会に通う父親ミケーレに対して、母は一度もジョヴァンナに会いに行こうとしない。美しすぎる母はジョヴァンナにとって劣等感の元であった。この家族には秘密があったのだが、ジョヴァンナはそのことに気づいて精神の均衡を失った。父と娘が密着し母が疎外される、という構図はエディプスコンプレックスを思い起こさせるが、ことはそう単純ではなく、母が家族のなかで浮いているのには理由があったのだ。


 父ミケーレの献身は、娘を追い詰めたのは自分だという自責の念から出たものかもしれない。映画ではそのようにはっきり描いてはいないが、娘のことで妻に責められたことがミケーレには痛手であったのだろう。ミケーレという人物も複雑な性格付けをされている。単に娘に献身的な愛情深い父というだけではなく、有名人になった旧友にストーカーまがいの手紙を出し続けたり、父親自身がどこか「病んでいる」と思わせるものがある。その一方で、潔い人物として感動的な台詞を口にする。冴えない苦悩する父の役をシルヴィオ・オルランドは静かに熱演して、ヴェネチア国際映画祭男優賞受賞。ジョヴァンナを演じたアルバ・ロルヴァケルもさまざまな女優賞を受賞した。


 わたしの目にはこの一家はよそよそしく、誰一人として完全に好感を持てる人物がおらず、彼らの行動が最後まで不可解で、だから見終わった後、「いったい何を言いたい映画だったのだろう?」と判然としない気分がくすぶり続けた。この家族はイタリアの経済・政治状況の被害者であったとも言えるが、ジョヴァンナの父も母もファシストに与するわけでもなければパルチザンに付くわけでもなく、戦争に対してはどこか他人事のように見える。父ミケーレにとっては戦況よりも娘ジョヴァンナのことだけが関心事なのだ。そんな家族が戦後になってどのように再生していくだろう? 最後の幕切れもまたあっけなく、10年以上に及ぶ家族の愛憎と葛藤の終着点にしてはもう少し違う終わらせ方はなかったものかと思ってしまった。

 とはいえ、激動の時代を背景に、苦難を背負いながらも逃げずに娘と向き合った一人の父の姿には確かに感動するし、庶民のずるさや助け合いのエピソードがひとつずつ印象的に重ねられていたのも良かった。

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IL PAPA DI GIOVANNA
104分、イタリア、2008
監督・脚本: プピ・アヴァティ、製作・脚本: アントニオ・アヴァティ、音楽: リズ・オルトラーニ
出演: シルヴィオ・オルランド、フランチェスカ・ネリ、アルバ・ロルヴァケル、セレナ・グランディ、
エッジオ・グレッジオ