吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

闇の列車、光の旅

 この作品は世評が高いようだ。確かに力作なのだが、わたしは好きになれない。南米のスラムや移民を描いても何も未来が開けるようには見えないのだ。誤解を恐れず敢えて言えば、移民やスラムの問題はもういい。これらを映画で見せられることにはもう「飽きた」のだ。それよりも、この現実をどう変えていくのかを考えるべきだろうし、その方向で映画を作らなければ、いつまでも「若者たちはスラムでギャングになり腐っていく。移民は命がけでアメリカ合衆国を目指して苦労する」というステレオタイプばかりが流布される。

 
 巻頭から辛いことを書いたが、この映画は決してただ暗くて気が滅入るだけというものではない。臨場感を出すためのおなじみの手持ちカメラ、自然光の下で粗い撮りかたをした部分と、固定カメラできっちり撮るカットとをうまく組み合わせてあるし、ピーター・サースガードに似た主人公カスペルの憂いを帯びた瞳やちょっとすねた感じの表情がいいし、ヒロインの必死のまなざしや、ぽっちゃりした太ももなどのリアルな感じがとてもいい。本当に彼らが南米のどこにでもいそうに思えるのだ。


 物語の主役は二人、ひとりはメキシコのギャング団”MS”の一員カスペル、もう一人はホンジェラスからアメリカニュージャージー州を目指す移民の少女サイラ。この二人が出会うのは列車の屋根の上、北米合衆国へ不法入国しようとする貧しい移民と、その移民を追いはぎする犯罪者として。しかしカスペルはサイラをレイプしようとした仲間を殺してしまい、ギャング団から追われる身となる。サイラとカスペルの絶望的な逃避行が始まる。果たして二人は無事国境を越えることができるのか?

 このギャング団というのは実在するらしく、また、映画で見る限り、一味は北米にまでネットワークを持っている巨大な「組」だ。全身タトゥーだらけの若者で構成されていて、一番年長者でも30歳未満と思われる。そのメンバーになるためには仲間から暴行を加えられるという儀式に耐えねばならない。敵対するギャング団の一員をつかまえて非道にも殺してしまうと、その肉を犬に喰わせるという残虐な連中だ。


 一見すると気弱そうでやさしげなカスペルもMSの一員で、12歳の少年スマイリーを仲間に引き入れる。やくざというのは仲間に対してはやたら友情に厚いが、ひとたび裏切るととことん報復する恐ろしい連中だ。その非情さは徹底しているから、カスペルはもはや逃れられないことを知っている。サイラが彼をひたすら信じて付いてくるのをいぶかりながら、「俺と一緒だと危険だ」と諭すが、サイラは頑として聞かない。危険を共有した者たちの絆は固い。


 絶望的な逃避行を続けるうちに、つかの間、カスペルとサイラは心を通わせ、未来が見えてくるかのように観客にも期待を持たせる。この映画はいくつも印象に残るエピソードがあるのでインパクトは強いのだが、テンションがずっと高いままなので疲れてしまう。わたしなどは、暴力シーンが続くとうんざりしてしまう質(たち)であり、さらに3本立ての2本目の作品ゆえやや疲れも出て、途中で緊張感が途切れ集中力を欠いたところもあった。


 若者の未来の暗さと、それでもかすかに見える希望と切なさを描いた感動作だといえるのだが、どういうわけかわたしは感動できなかった。見終わった後に複雑な気持ち、それは暗澹たるものという意味だが、に囚われてしまったのだ。命がけで国境を越えて、それで何か幸せが待っているのだろうか。アメリカに行きさえすればめでたしめでたしなのだろうか。スラムの若者たちはいくらでも再生産されていく。その心ふたがれるようなスマイリーのエピソードには気が滅入る。

SIN NOMBRE
96分、メキシコ/アメリカ、2009
監督・脚本: ケイリー・ジョージ・フクナガ、製作: エイミー・カウフマン、音楽: マルセロ・サルボス
出演: エドガル・フローレス、パウリナ・ガイタン、クリスティアン・フェレール、テノッチ・ウエルタ・メヒア