吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

私の中のあなた

自己を徹底的に毀損させてまで「献身」しようとするとき、その献身の対象となった他者は、それをそうやすやすと受容することができるだろうか? という問題をテーマの一つとする作品。と同時に、さらに大きな「死の受容」について考えさせる映画。

 
 白血病の姉ケイトに臓器を提供するために生まれてきたアナは、誕生間もない頃から常に手術台に押さえつけられ、姉のために骨髄液を提供したり、さまざまな苦痛に耐えてきた。そしてとうとう、11歳になったアナは姉に腎臓を一つ提供せよと母から迫られる。アナはある日、弁護士を雇って親を訴えることにした。「医療行為を拒否する。わたしのからだはわたしのものだ。姉の犠牲にはならない」と。この訴訟が家族のなかに亀裂を生んでいくが…


 5歳で発病した娘ケイトを救うために、遺伝子操作でドナーとなる子どもを生むという決意をしたところがこの母親サラの怖いところだ。キャメロン・ディアスがほとんどノーメイクで熱演していて不気味なぐらい。サラは弁護士だったが、ケイトが発病したために仕事を辞めて、以後はひたすらケイトの治療のために生きる。この一家はアナとケイトという娘二人の間に男の子ジェシーがいるが、母の関心はすべてケイトにそそがれている。それはもう恐ろしいほど、すべてはケイトが優先なのだ。ジェシーとて学習障害という困難を抱えているにもかかわらず、ほとんど顧みられることがない。


 サラはアグレッシブな女性であり、いかにも弁護士という、キャリアウーマンらしい発想を持っている。病とは闘う。どんなことがあっても諦めない。どんな手段を使っても、絶対にケイトを延命させてみせる。その執念は恐ろしい。どんどん弱っていくケイトを見ていると、その姿にわたしは有国遊雲くんを重ねずにはいられなかった。病と闘いながらも、最後は死を受け入れて安らかに死んでいった15歳の少年とその父である有国住職との心の静けさと、このサラ-ケイト母娘のありかたのなんという違い。これが仏教徒と肉食人種の差異なのだろうか(有国遊雲くんは、小児ガンのため、15歳で夭折。詳しくは父智光氏の『遊雲さん父さん : 小児がんを生きたわが子との対話』有国智光著.本願寺出版社, 2008 を参照されたい。この本は素晴らしいものだが、いつかレビューを書きたいと思いつつ、まだ書けないでいる。わたしは15歳の少年が死に際してたどりついた心境にもとうてい及ばない。だから、この本について、遊雲さんについて、書けないでいる)。


 そして、アナの存在。生まれた時から姉の犠牲になることを運命づけられ、それが当たり前と母親に思いこまされてきた彼女が、11歳のとき、とうとう自我に目覚めて母を裁判に訴える。「わたしにはわたしの人生があるの」と。しかし実はここには隠された真実があった。


 隠された真実のことは措いておくとしても、そもそも他者に贈与することだけを目的として生まれてきた人生とはいったいどういうものだろう? アナにとってなにか利益があるのか? アナはケイトを愛している。大好きな姉の世話をすることをアナはいやがっていない。しかし、身体を切り刻み、姉に臓器を提供しても姉の病気は決してよくなってはいない。


 母サラの愛は実は究極の自己愛なのではないか? 娘のためにすべてを犠牲にして闘う母。その母の姿に執着することによって彼女は自分自身のアイデンティティを形成している。サラと病気は「共依存」の関係にあるようにすら見える。


 役者の演技がいずれも真に迫っていて引き寄せられるのだが、ケイトの内面が実は茫漠としている。最後に彼女の本心がわかるのだが、それにしても本当のところ、妹の献身と自己犠牲をどのようにとらえていたのかがわかりにくい。


 白血病患者テイラーとケイトの初恋が初々しくも切ない。この二人のデートの場面も涙なくしては見られない。そしてまたケイトが常に家族を思い、自分をある意味追い詰めた母への愛に生きたことが涙をそそる。この映画の一家は白血病という病に振り回されることによって強迫的にみなが「それぞれの位置」で懸命に闘うことを観念づけられている。これはアメリカのアグレッシブな資本主義の精神そのものではなかろうか。

 
 死を受け入れて生きる、そのことを考えてみるべきでは、と問いかける作品ではあるが、原作と映画ではラストがまるで違うということだったので、原作を読んでみた。その結果、、、


  原作本は映画よりもいっそう、感動的。

 人は誰もが誰かの犠牲になったり誰かに支えられて生きている。相互に依存しながら複雑な関係を築き、時に立場を逆転させつつ成立しているのがわたしたちの社会だ。原作には登場人物たちの細かな心理の襞がきちんと書かれていて、その複雑な関係について深い理解を誘う。
 登場人物一人ずつの一人称で書き分けられる小説は、豊かな修辞に彩られた秀作である。映画よりも一層衝撃的なラストが待っている。お奨め。

<書誌情報>

単行本:わたしのなかのあなた / ジョディ・ピコー著 ; 川副智子訳. -- 早川書房, 2006. -- (Hayakawa novels)

文庫本:私の中のあなた / ジョディ・ピコー著 ; 川副智子訳 ; 上, 下. -- 早川書房, 2009. -- (ハヤカワ文庫 ; NV1203, NV1204)

MY SISTER'S KEEPER
110分、アメリカ、2009
監督: ニック・カサヴェテス、製作: マーク・ジョンソンほか、原作: ジョディ・ピコー『わたしのなかのあなた』、脚本: ジェレミー・レヴェン、ニック・カサヴェテス、音楽: アーロン・ジグマ
出演: キャメロン・ディアスアビゲイル・ブレスリンアレック・ボールドウィンジェイソン・パトリック、ソフィア・ヴァジリーヴァ、ジョーン・キューザック