吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

オーケストラ!

 およそ真実味など皆無のコメディなのだが、最後は思い切り泣かされてしまった。
 

 本作は封切り以来連日超満員とのことで、落ち着くのを3週間も待っていたのだが、それでもわたしの見た回はやはり満席になった。いつもの常連さんたちとは違う客層が詰めかけていたようで、いつもなら●●の席から埋まるのに、わたしの整理券番号66でもその席に座れたのはラッキー。「ねえ、この映画、字幕?」と連れの夫らしき男性に訊いていた中年女性がいたのには思わず苦笑。どうやら映画を見慣れていないおばさんたちが大勢押しかけているようだ。クラシックファン?
 

 で、物語はとくにかくテンポがよい、ノリがよい、嘘くさい話(というか、嘘としか思えない話)をそれでもぐいぐいと引っ張って偽ボリショイ・オーケストラをパリまで連れて行き、そこに共産党の世界征服という「今は昔」の栄光にすがる笑い話を散りばめて、最後はチャイコフスキーの名曲で観客を泣かせる。という、強力(ごうりき)でねじ伏せるあるまじきドタバタ音楽社会派コメディ。


 かつてボリショイ・オーケストラの天才指揮者と謳われたアンドレイも、指揮者の仕事を奪われて早や30年。しかしいまだにオケを指揮する夢は忘れられず、劇場の清掃員に身をやつしても、ついついオーケストラを前にして一人棒を振ってしまう。そんな彼が、パリのシャトレ座からの出演依頼のファクスを見つけてこっそり横取りし、かつての仲間を呼び集めてパリへ演奏旅行に出かけてしまおうという壮大な計画を実行に移す。かつて彼はブレジネフ政権下でのユダヤ人弾圧に反対して指揮者の座を追われたのだ。彼はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏中のコンサート会場で無理矢理演奏を中断させられ、指揮棒を折られてしまったのだ。この悔しさはよくわかる。わたしとて、利用者を4倍に増やすという成果を生んだ図書館を知事によって無理矢理年度途中で廃止された悔しさをいまだに忘れない。一生忘れない。その悔しさがあるから、アンドレイが何度もこの場面を回想するその悔しさは手に取るように分かる。


 物語はアンドレイを主人公としながらも、ロシアの愉快な人々、心暖かい親友のチェリストといった脇を固める人々のキャラクターが豊かでとても楽しい。そして、アンドレイがヴァイオリン協奏曲のチェリストとして執心している若手美女バイオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケがどうやらアンドレイと何か秘密の関係があるらしく……。



 この映画ではロシア人(というかスラブ人)が物笑いの種になり、ロシア系ユダヤ人がさらに一層笑いの対象であり、さらにさらに共産主義者がほとんど漫画的にバカにされている。旧KGBの役人のケータイ着メロが「インターナショナル」というのも笑える。こういうのはラデュ・ミヘイレアニュ監督の自虐ネタなのだ。彼自身がルーマニア出身のユダヤ人で、若い頃にフランスに移住した移民である。


 笑いのなかにソ連でのユダヤ人排外問題をからめた社会派コメディであるが、圧巻はやはり最後の演奏会シーン。12分に及ぶチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の場面では、やたらサビの部分ばかりが耳につくと思っていたら、このシーンのために原曲を12分に編曲したのだそうな。音楽というのは心を高ぶらせるには抜群の効果がある。ここは泣かせどころ。チャイコフスキーですからね、ヴァイオリン協奏曲ですからね、日本人が大好きなこの曲で感動の嵐を呼ぶ。実に素晴らしい。演奏が終わった瞬間、映画の中の聴衆と一緒に思わず拍手しそうになりました。



 こういう、嘘丸出しの「ありえない」ファンタジーもいいのではないでしょうか。まさに映画的な物語。堪能しました。

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LE CONCERT
124分、フランス、2009
監督・脚本: ラデュ・ミヘイレアニュ、製作: アラン・アタル、音楽: アルマン・アマール
出演: アレクセイ・グシュコフ、メラニー・ロラン、フランソワ・ベルレアン、ミュウ=ミュウ、ドミトリー・ナザロフ