吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

サマーウォーズ

 2009年マイベスト10映画の第11位。

 このアニメはわたしの涙をちょちょぎれさせた「時をかける少女」(http://d.hatena.ne.jp/ginyu/20071216/p1)の細田守監督作。この人の作る若人の初心な青さは大変よろしい。そして、巻頭、この七色の仮想世界を見ているだけで背中がよじれるほどの快感! ああ、この白を基調とした色彩の間欠泉は、キューブリックの「2001年宇宙の旅」へのオマージュに違いない! と勝手に決めつけてしまいました。それほど、アニメ好きを喜ばせる描き込みの細かさ、色彩設計の巧みさには舌を巻いてしまいましたよ。


 そして、描かれている世界はとっても古い。復古というか反動というかイヴァン・イリイチというか、かつての共同体への回帰を説くような「大家族の素晴らしさ」を描いてるではないか。かつて大金持ちだったけれど今や何の財産も残っていない、長野県の旧家・陣内(じんのうち)家の広大な屋敷を舞台に繰り広げられる、一夏の大騒動。田舎の大所帯を知っている人になら限りない郷愁をそそるような気色である。わたしの母方の田舎を思い出させるような(といっても規模はかなり当方のほうが小さい)旧家の造りや親族の行事についてはとても懐しい。かつてはあれほどいやだった親族の集まりが今となっては懐かしいというのも不思議なものだ。

 
 ところが、この映画に登場する旧家は既に没落している。そして、没落しているにも拘わらず旧家の意地や沽券を保ち続け、なおかつ90歳になる大おばあさんを中心とする一族の結束は固い。さらにこの大おばあさんは政治力も持っている。しかもやっぱり没落しているだけあって、大おばあさんの90歳の誕生日祝いとはいえ、親戚が集まる席での食事はとても質素だ。というか、伝統的な田舎料理ばかりなのだ。このアンバランス感が映画に不安定でかつ好ましい雰囲気を与えている。


 クーラーもないような日本家屋の中で最新鋭のコンピュータ機器を使ったデジタル仮想世界での戦争が繰り広げられる、というアンバランス。これがとても面白い。思うに、この映画は日本の現代をまさに象徴しているのだろう。近代になりたくてなりきれないままポスト近代を迎えてしまった日本社会は、ムラを維持しながら個々に分断された個人が仮想世界を浮遊している。この仮想世界では、現実世界で疎外されている人にこそ自己実現の場が与えられているのだ。かつては、非行に走る青少年を受け止める場としてだんじり祭りなどのハレの場があった(今もある)。今や、そのハレの場がネットの世界に移転しつつあるのかもしれない。


 うちのS次郎が言うには、「だんじり祭りにはヤンキーがいっぱい溜まっている」と。「なんであんなにヤンキーがいているのん?」と訊くので、「彼らは、そういう楽車の引き廻しみたいなところでしか自己実現できないから。ふだん誰からも認められず、出番のない彼らが、楽車祭りとかでは燃えることができる。頭も使わないし、芸術的センスも必要ない、そういう場でしか彼らは自己実現できない。しかしこれは大事なことで、共同体の中で非行や落ちこぼれを救うシステムが「祝祭」の場なんだよ」と答えたが、このアニメに描かれた「オズ」というネットの中の仮想世界でも「戦闘領域」というものが設定されていて、ふだんはイジメられっ子がここでは世界中のアイドルなのだ。


 このアニメの世界観は、現実を反映しながらも古い「家族の紐帯」を訴える。これがまた実にツボにはまるから悔しいというか感動的というか。わたし泣いたり笑ったり忙しい思いをいたしました。


 主人公たる数学の天才だけれどシャイな高校生と、その1年先輩の憧れの女子高生との可愛らしい初恋物語もいじらしく、何よりもアニメの原点たるめくるめく色彩の爆発に拍手喝采、とにかく満足の一作でありました。あー、それにしても「コイコイ」ね。花札は久しくしていません。やってみたいかも(^_^)。

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114分、日本、2009
監督: 細田守、脚本: 奥寺佐渡子、音楽: 松本晃彦、主題歌: 山下達郎
声の出演: 神木隆之介桜庭ななみ谷村美月斎藤歩、横川貴大、富司純子