吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

明日、君がいない

 これは見事。とても19才の監督が作ったとは思えない完成度の高さ。「エレファント」(http://d.hatena.ne.jp/ginyu/20080803/p1)の真似と言われているが、「エレファント」よりもずっとわたしの心に訴えるものがある。実は、「エレファント」のように校内で銃を乱射する話かと勘違いしていたものだから、いったい登場人物の誰が犯人なのかとハラハラしながら見ていた。しかし銃乱射というような外に向かう暴発ではなく、自殺という内向的な事件が起きるのだった。登場人物の自殺という事件を追うためには「エレファント」よりもむしろこの映画のほうがこの構成・形式は向いている。


原題の”2:37”の通り、午後2時37分に誰かが高校で自殺する。さて、いったい誰がどういう理由で自殺するのか? その一日を追うドラマに6人の高校生たちのインタビュー映像が挿入される。彼ら一人ずつの自分語りに加えて誰もが様々な問題を抱えていることが浮き彫りにされていく。


木漏れ日のショットを時々挟むあたり、そして光をうまく捉えた、めくるめく青春の象徴のような明るい画面造りにはとても19才が撮ったとは思えない才能を感じさせる。いや、19才が撮ったからこの作品の評価が高いのではなく、この作品そのものが優れているのだ。自殺しても不思議ではないほどの様々な苦悩を抱える高校生たちの姿には心が痛むし、彼らのすがたを複数の角度から捉えたカメラの視線も見事だ。一人ずつの問題や孤独や怒りや悲しみは必ず誰かが別の視点からとらえている。しかし、ここにたった一人、誰からも見向きもされていない人物がいたことに、観客は最後になって気づく。あっ、なんと、あの子が自殺したのか! そう思うと、物語の冒頭に戻ってもういちど見たくなる映画だ。この作品はおそらく二度見ることによってやっとわたしたちが「自殺の原因」について思いあたるのだろう。

 
 つまり、人知れず死んでいく人間はそれほどさように孤独であるということ。そして、学校で自殺するということ自体が他者の救いを求めるSOSであるのに、誰も気づかないという悲劇、絶望。この二つを余すことなく描いた本作は、青春の絶望を経験したものだけが知る痛恨の念に貫かれている。

 
 誰かが自殺するたびに、そして殺人事件が起きるたびに、校長先生は「いのちを大切にしましょう」と全校集会で述べる。しかし、その空疎な言葉以上に、この映画は孤独と自己中心の屈託のない高校生たちの表情を捉える。それはもう空恐ろしいほどだ。誰もが自分語りを行い、最後になって自殺した級友のことを語り始める。そのときの落差に観客は大きな驚きを禁じ得ない。一人の人間が自殺したのに、なぜ彼ら・彼女らのインタビュー映像はこのように明るく自分のことしか語らないのか? 最後になって自殺した同級生の話になった途端に他者を語る口調になり、そのとき彼らは他者の悲しみに心を馳せることができない。この絶望を「命を大切にしよう」という訓話で覆すことなど可能なのか? しかしわたしたち大人は繰り返すしかない。「命を大切にしよう」「友達を大切にしよう」
 そのように語るならば、他者をうち捨ててでも自分だけがいい就職口を探し自分だけが高い収入を得ようとする「友愛」にもとる世界観を棄てるしかなかろう。(レンタルDVD)

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2:37
99分、オーストラリア、2006
監督・脚本: ムラーリ・K・タルリ、製作: ニック・マシューズほか、音楽: マーク・チャンズ
出演: テリーサ・パーマー、ジョエル・マッケンジー、クレメンティーヌ・メラー、チャールズ・ベアード 、サム・ハリス、フランク・スウィート、マルニ・スパイレイン