吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

フェーズ6

 「28日後」をパクろうとして失敗した作品、というのが長男Y太郎(大学1年)の評価。わたしは、極限状態での人間性を問う作品として面白く見た。全然評価が違うところが面白いというか、映画に何を求めているのかがまったく違うということを改めて知った次第。


 この映画はウィルスによる感染の恐怖を描いたものではない。感染パニックや感染ゾンビものを期待する人にはまったく受けないだろう。映画は巻頭からいきなり世界中に感染が広がってほとんど人類は死に絶えているという設定から入る。そんな状況設定の説明もなにもなく、観客はあれよあれよという間にその世界へと引きずりこまれるのだ。そもそも一体何の病気なのか、病名は? 症状は? そんな説明すら最後までなかった。


 だから、若い監督兄弟が描こうとしたのは究極の選択を迫られたときの人間の倫理なのだ。最近こういう説教クサイものが流行りなのか、「ダイアナの選択」とか「運命のボタン」(これは未見)とか、似たような作品が続いている。


 一組の兄弟が主人公で、それは監督たちが兄弟であることを想起させて興味深いが、その兄弟が恋人たちを車に乗せて、ウィルスから逃げまどう、というロードムービーの一種だ。ふつう、ロードムービーでは旅の初めと終わりでは、主人公たちに「変化」が起きて、その変化は好ましいもので、旅が終われば彼らは大人になっているとか、新しいものを発見して生まれ変わったようになるといった成長物語が用意されているのだが、この映画では、兄弟の醜い部分がどんどん露呈していく。それこそがこの映画の真骨頂であり、恐怖なのだ。
 

 肉体労働者でちょっとヤクザな感じの憎めない兄と、成績優秀で有名大学に進学が決まっているよい子の弟、この二人の性格が途中からねじ曲がっていく。感染者を見捨てる兄を非難していた弟がやがては…。弟がいつも善人でいられるのは、汚い仕事を全部兄がかぶっていたからだ。人は真実を知らなければ、あるいは知らないふりをしていれば、善人でいられる。この映画は、もし自分がこの4人のうちの一人なら、と思わず自問自答してしまうところが怖い。

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CARRIERS
85分、アメリカ、2009
監督・脚本: アレックス・パストール、ダビ・パストール、製作: レイ・アンジェリク、音楽: ピーター・ナシェル
出絵: クリス・パイン、ルー・テイラー・プッチ、パイパー・ペラーボ、エミリー・ヴァンキャンプ