吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

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 「午前10時の映画祭、何度みてもすごい50本」第11週。


 その昔、まったくいいと思わなかった映画が今日はわたしを泣かせるとは! 気色の悪いおばさんとしか見えなかったミア・ファローがあんなに愛らしかったなんて! この映画に感動できるのだから、歳を取るのも悪くない。
 

 インテリ中産階級のイギリス人とヒッピーなアメリカ人との恋愛は、互いに異質な者同士の出会い。恋に落ち、男は女に様々な知識を教え、「先生みたいね」と尊敬されてハッピーエンドで結婚。しかし、二人の恋愛はたちまち冷めてしまう。あまりにも育ちが違う、趣味が違う、そんな二人はいつしかすれ違い、妻は憂鬱な日々を送り、外出ばかりするようになる。浮気を疑った夫は私立探偵を雇って妻を尾行させるが、その探偵がすっかり妻を気に入ったのか、公然と妻の後を付けて歩くようになり…。


 この映画、わたしは公開時にたぶん中学2年生で見たはず。「ローズマリーの赤ちゃん」の恐怖女優というイメージがわたしの頭の中のミア像になっていたのか、この人の顔をアップで見るだけで不気味怖かった覚えがある。夫婦の危機、恋愛の危機、異文化の衝突を描くこの作品が中学生にはピンとこなくて、そのうえ美男美女が登場しないから、不評を買ったのであった。テーマ音楽だけが耳に残っている。でも、今これを見直そうという気持ちになったことを心からよかったと思える。見終わった瞬間には100点つけたいぐらいに感動していた。


 導入部、会計士である夫チャールズが雇った探偵クリストフォローが登場する場面のツカミがうまい。トポルがとぼけた味を出していて、鼻に掛かったアクセントの強い英語を話す。そのだらだらしたしゃべり方にチャールズはイライラする。見ているわたしもいらいらする。さんざんじらしておいて、スルスルと本題に入っていく、このあたりの演出は名人芸だ。今ではこういう演出をする監督は少ない。昨今は観客が短気になっているので、さっさと話を運ばないと早送りされてしまうよ。


 チャールズは探偵を雇ったのだが、その探偵が10日間の尾行調査を終えて報告書を提出する期限が9月11日。なんという巡り合わせだろう、役者の台詞に”September 11th" という単語を聞いてびくっとしてしまった。今では誰もが知っている9.11。この映画で「9.11」というのは偶然に過ぎないだろうが、なにか因縁めいたものを感じてしまった。


 閑話休題。チャールズが疑っているのは、妻ベリンダの浮気。毎日毎日出歩いている彼女はいったい何をしているのか……。
 街を歩くベリンダの15メートル後ろをずっと探偵が付けていく。尾行されていることに気づいたベリンダが、最初は気味悪がっていたようだが、クリストフォローの陽気で憎めない様子にいつのまにかうち解けてしまう。二人は一言も言葉を交わさないのに二人でロンドンじゅうを歩き回り、ある時は映画館に入ってホラー映画を見るのだった。二人の距離が徐々に縮まり、いつしか追いつ追われつの関係にまで逆転してしまう場面の躍動感が素晴らしい。思わず笑ってしまう楽しさだ。ロンドンにはほんとにあんなに食材の名前がついた通りがたくさんあるのだろうか? 鹿肉通りだの豚肉広場だの…。この映画はロンドン観光名所案内にもなっていて、公園や河や町並みがとても美しい。


 やがてベリンダの彷徨の理由が明らかになる場面、彼女は夫チャールズに思いのたけを吐露する。


 結婚すれば恋愛は終わりなの? あなたはいつも教師、わたしに知識を教えてくれるけれど、怖い校長先生のような人だ。あなたは何を考えているのかわからない、感情を表に表さない。あなたはわたしを求めていない、必要としていない。わたしはあなたに与えられるものがなにもない……

 
 ベリンダは悩み傷つく。けれどチャールズとて、悩み傷ついているのは同じ。彼のつらさや立場も思いやらねばならない。お互いがほんとうに互いの愛を必要としているのかどうか、二人はこれからもう一度やり直そうとしている。言葉を交わさず、ただ微笑みを交わすだけ。それだけで、二人の愛はほころびを繕い、癒すことができる。求め合う気持ちがあれば、愛は二人のボーダーを乗り越えられる。二人の溝は完全に埋まることはなくても、少しずつ互いの境界線を浸食することはできるのだ。

 
 ラブコメには違いないけれど、落ち着いたタッチの、そして楽しくも奥の深い物語。映画館で見てこその感動であった。

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93分、イギリス、1972
監督: キャロル・リード、製作: ハル・B・ウォリス、脚本: ピーター・シェイファー、音楽: ジョン・バリー
出演: ミア・ファロー、トポル、マイケル・ジェイストン