吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ハート・ロッカー

 今年は試写会の招待券がよく当たる。自分でも3枚当てたが、パープルローズさんは5枚(だったか)を当てているから、すごい確率。おかげさまでご相伴にあずかり、この映画も試写会で見たが、今頃アップ(遅くなってごめんなさい)。


 この映画は極めてシンプルなストーリーを持っている。実に淡々としているのだが、主人公が淡々と任務に就くその任務が爆弾処理という尋常ならざるものであるから、淡々としていてもものすごい緊張感を生む。


 ドキュメンタリータッチを狙っているためカメラは手持ちで、画面が揺れるため、見づらい。確かにかなりリアルだし、ドキュメンタリーだと言われてもそうか、と思ってしまうような映画だ。主人公3人があまり馴染みのない俳優だけに余計そう思う。しかし、レイフ・ファインズやデヴィッド・モースのような役者が登場するとやっぱり「お話」に見えてしまうのは、有名な脇役を使う<コラテラル・ダメージ>(付随的被害)と言えよう。


 物語の舞台は2004年のイラク。爆弾処理の任務についたブラボー中隊の緊迫の日々をを追う。ハート・ロッカーとは、棺桶の俗語だとか。棺桶に閉じこめられたような孤独で閉塞感に満ちた爆弾処理の仕事を追う作品だ。イラク戦争での米軍死者の最大の死因は爆弾によるという。戦闘による死者はごくわずかで、大半が地雷や道路の物陰に仕掛けられた爆弾に拠る被害だ。爆弾処理班の死亡率は異様な高さになり、また過酷な任務故に家庭をないがしろにこともしばしばで、離婚に至ケースも多いとか。主人公もまた、妻とは離婚同然の関係となっている。


 臨場感を狙ったブレの激しい映像は、実は4台のカメラによって撮影されたという(劇場用パンフレットによる)。わざと手ぶれ画面にしたとおぼしき手の凝りすぎはともかくとして、実際、その場にいるような臨場感溢れる画面作りは成功している。わたしたち観客は、爆弾処理班の米軍兵士に同化してこの恐怖を味わうことになる。イスラム教徒は全員テロリストに見えるという恐怖。イラク人にそこまで憎悪されているという自覚。そのいずれもがわたしたちのものとなる。そして、そんな事態が異様なのだと気づいたときには映画は終わっている。


 だから、この映画が淡々と描いたことは、反戦でもなく厭戦でもなく戦争鼓舞でもなく、そして、同時に反戦であり厭戦であるところの、「気分」だ。淡々と描いたことによって価値中立となったこの映画は、アメリカ人のヒーロー願望を満たすと同時に戦争の空しさもまた余すところなく伝える。爆弾処理班のクレイジーな班長、わが主役ウィリアム・ジェームズ二等軍曹は、命知らずの勇敢な兵士であると同時にドラッグに溺れる人々となんら変わることのない戦争中毒者だ。そのあまりに度が過ぎた緊迫の世界にしか、彼は生きられない。さらに、単にクレイジーなだけではなく、一緒にサッカーに興じたイラク人少年とのエピソードが示すように、彼の心根の温かさもまた観客に好感を生む。爆弾処理のプロフェッショナルである彼は、実はどこにでもいる、ふつうの男に過ぎないのだ(当たり前のことだが)。この映画が提示する両義性によって、わたしたちは戦争の恐ろしさと空しさをいっそう知ることになる。


 興行成績に関係なく、「ハート・ロッカー」を選んだアカデミー会員の見識を評価したい。国民的トラウマを癒す「アバター」よりも、「戦争中毒患者」を描く「ハートロッカー」にアカデミー会員が一票を投じたということは、もはや彼らがトラウマを癒す物語を必要としていないということだろうか。それよりも、眼前に展開する戦争依存症のほうが問題だ、と感じているということを示すのだろうか。このような、明日がない映画をアカデミー賞に選んだ会員達の<良心>を見直した。


 ※なお、今月から1年間、機関紙編集者クラブの『編集サービス』というミニコミ誌にコラムを連載することになりました。第1回はこの「ハート・ロッカー」と「アバター」の評を二つまとめて短くし、さらに加筆して掲載しました。ネットではこちらで読めます。http://club2010.sakura.ne.jp/sijun.htm
 「あーとな気分で」というコラムのタイトルは編集担当者がつけてくれました。

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THE HURT LOCKER
131分、アメリカ、2008
製作・監督: キャスリン・ビグロー、製作総指揮: トニー・マーク、脚本: マーク・ボール、音楽: マルコ・ベルトラミ、バック・サンダース
出演: ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ、レイフ・ファインズガイ・ピアース、デヴィッド・モース