吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

アイガー北壁

 元京大山岳部の杉山茂氏の映画評にそそのかされて、見に行った(彼のレビューは近日紹介)。同じく杉山さんにそそのかされて見に行った美川圭さんのアイガー評はここ


 ナチス政権下のドイツ山岳隊遭難の悲劇を描く、実話に基づく作品。1936年、ナチスは当時、ヨーロッパ最後の難所と呼ばれたアイガー北壁を初登頂した者にはベルリンオリンピックで金メダルを与えると発表した。ドイツの貧しい青年であったトニー・クルツとアンディ・ヒンターシュトイサーは、国家の威信をかけてこの難業に挑むことになる。アイガー北壁が聳え立つスイスアルプスの麓から、二人は1800メートルの高さの絶壁に挑むこととなった。彼らのすぐ背後にはオーストリアの2人組が追ってくる。誰よりも早く頂上を目指さなくてはならないドイツの二人組は、快調なペースで登り始めたのだったが……。


 山岳映画はわたしの大好きなジャンルだ。山に登るのは好きではないのに、山の映画を見るのは大好き。去年の「剣岳 点の記」もすさまじい映画だったが、印象は「アイガー北壁」のほうが深く厳しい。なんといってもアイガー北壁では4人の若者が死んでしまったのだから、その悲劇性や山の厳しさは深く心に刻まれる。「剣岳」はオールロケを敢行してすべての場面を俳優に演じさせたという執念がすさまじい映画だったが、「アイガー北壁」はスタジオ撮影も使いながら、いっそう迫力と臨場感がある。その鬼気迫る寒さに遭うと、ぬくぬくと映画館で映画を見ているはずのわたしまでが寒さに凍てつくような錯覚に囚われ、思わず肩をすくめてしまう。
 

 トニーとアンディーがアイガー北壁に挑んだのは7月のことだ。真夏の山だというのに凍死してしまうのだから、どれほど恐ろしいところか解ろうというもの。映画で見る限り、彼らの装備は驚くほど軽く、アイゼンも着用していなかった。この北壁への挑戦にはいくつもの不運が重なった。アイゼンを忘れたこともその一つだが、取りに戻らなかった理由はただ一つ、すぐ後ろにライバルが迫っていたからだ。国家の命令を背負って競争するという理不尽な境遇にある彼らは、振り向くことも後戻りすることもできなかった。しかし、彼らの心性は同時に、いったん登り始めたら後に引くことのできない山男の意地でもあったと見受ける。確かに初めは軍の命令だったが、いったん登り始めたら、山男の血が騒ぐ。彼らはアグレッシブに前を向くことしか考えなかった。とりわけアンディはそうだった。彼は天才的な登山家で、当時、画期的な「振り子トラバース」という方法を編み出して、ザイルを振り子のように使って絶壁を横に移動した。


 映画は静かにナチスの政策を批判する。と同時に、特ダネに振り回される報道のあり方を批判することによって、現代に通じる物語をものした。北壁での悲劇は実話だが、映画ではここに一人、トニーの恋人という新聞記者(カメラマン)女性を登場させている。しかし本作ではトニーと彼女との恋愛が余計だった。恋人といいながらちっとも恋人らしい場面もなく、単なる色物として加えただけという感は否めない。おそらく、この映画がただ暗いだけの悲劇に終わらないように、遺された女性が命を輝かせていく希望を物語に与えたいという思いから彼女を登場させ、語り部としたのだろうが、あまりに中途半端なのが不満だ。
 もう一つこの映画の瑕疵としてあげておきたいのが、主役二人を演じた役者が歳をとりすぎていること。史実では二人は23歳だったはず。若者が命を落とすという悲劇なのに、それをおじさんたちが演じているのは違和感があった。


 この映画で印象に残るのは、アイガー北壁の麓(といっても既に標高2000メートルを越えている)に建つ豪華ホテルから、北壁にへばりつく若者たちを望遠鏡を使って金持ちの大人たちが眺めている、という対比だ。まるで見せ物のように命がけで貧しい若者たちは富と名誉のために絶壁をよじ登っていく。麓のデッキでワインとご馳走を楽しみながら、毛皮を着たお金持ちがそれを眺める。格差社会ニッポンの図と同じか。


 トニーの壮絶な最期には、息をのむ。最後の最後まで生きる望みを棄てなかったトニーが、無念の極みの中で死んでいった姿はいつまでも心に残る。
 

 そもそも、登山をスポーツ競技としてとらえる感覚は日本人にはなかったのではないか。登山は競争ではなく、神事である。それが競争となったのは近代になってからのことだろう。ヨーロッパではどうなのだろう。

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NORDWAND
127分、ドイツ/オーストリア/スイス、2008年
監督・脚本: フィリップ・シュテルツェル、製作: ボリス・シェーンフェルダーほか、脚本:クリストフ・ジルバー、ルーペルト・ヘニング、ヨハネス・ナーバー、音楽: クリスティアン・コロノヴィッツ
出演: ベンノ・フユルマン、ヨハンナ・ヴォカレク、フロリアン・ルーカス、ウルリッヒ・トゥクール、ジーモン・シュヴァルツ