吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

グラン・トリノ

 2009年公開映画の中ではマイ・ベスト1の作品。全国の映画館スタッフの投票によりスクリーンで観てほしい映画のベストテンを決める「映画館大賞2010」のベスト1でもある。キネマ旬報でもベスト1。

 
 「チェンジリング」に比べると緩いとか編集がまずいという意見もあるが、わたしは「チェンジリング」よりも息の抜ける「グラン・トリノ」のほうがお気に入り。「チェンジリング」より遙かにわかりやすく単純な映画だ。「チェンジリング」のときは巨匠のこだわりのような重厚さが感じられたが、この映画ではイーストウッドはほとんど脱力しているかのように思える。その軽妙な演出に魅せられた観客は多いだろう。わたしが見たときは休日のレディースデーで、売り切れ満席の盛況。最後は涙にむせんでいた人が多かったようだ。かくいうわたしもその一人。もはや名作といってもいいような感動作であった。


 偏屈で頑固な人間が、ある出会いを通じて変わっていく。そういう物語はこれまでイヤと言うほど作られてきた。この映画もその轍を踏んでいるわけで、そういう意味では目新しさはどこにもない。思った通りにストーリーは展開するし、思った通りに頑固じいさんは変化していく。人は変われるのだ、いくつになっても。"Yes, we can change!" オバマ大統領のスローガンそのままに、ポーランド移民であるウォルト・コワルスキーは変わっていく。彼は元フォードの組立工であった。2009年1月末にデトロイトへ行ってフォードの工場見学をし、UAW全米自動車労組)の影響力の強さを知ったわたしとしては、フォードの熟練工というのがどれほど高給を取り、退職後も企業年金によって優遇されているのか、よくわかる。コワルスキーが彼の仕事に誇りを持ち、1972年に自身が組み立てた「グラン・トリノ」をいまだにピカピカに磨き上げているその労働者魂もよくわかる。


 移民は工場労働者として働き、一生を一職人として生きる。コワルスキーは決してインテリではないし上品な人間でもない。彼は偏見に凝り固まり、差別の権化のような人間だ。彼がカトリックの信者として妻の葬式の喪主を務めている間にも、不愉快なことはいっぱい起きる。映画は巻頭、コワルスキーの妻の葬儀の場面から始まり、彼が苦虫をかみつぶしたような表情を終始変えない、その不機嫌な様子をまざまざと描く。彼は妻の死を悲しむよりも、孫達の傍若無人な振る舞いや不躾で無礼な態度のほうがよほど神経に応えている様子。しかも、彼の二人の息子たちはどちらも頑固な父親を嫌い、「兄貴がオヤジを引き取れよ」などと葬儀の席でひそひそ話をしている有様。


 こういった場面でのイーストウッドの演技は「いかにも」というものである。この映画は終始、「いかにも」という台詞が次々と語られ、「いかにも」という場面ばかりが展開する。「チェンジリング」のときもイーストウッド監督はわかりやすい人物造形を心がけていたが、この映画でもそうだ。しかし、そのステレオタイプがまったく嫌みにならないのはどうしたことだろう? 思うに、この作品に現れた脚本家(と監督)の思想が素晴らしいのだろう。人は変われる、それも「異文化」、すなわち「他者」との出会いを通して。この単純明快でかつ困難なテーゼが全編を貫く、そのイーストウッドの思想に21世紀のわたしたちが生きていくべき道標が描かれているから、わたしたちはこのような単純な映画に感動するのだろう。他者との出会いを通じて自己変革は成し遂げられる、と同時に、わたしたちは暴力を用いない「和解」への道を模索すべきではないのか? ラストで、イーストウッドが問いかける倫理は彼のこれまでの様々な映画を想起させるとき、実に感慨深い。


 ラストシーンに触れる前に話を戻そう。


 さて、コワルスキー爺さんにとっての他者はモン族の一家であった。彼はおそらくデトロイト近郊に住んでいるのだろう。彼の周囲の家は次々に白人達が越していってしまって、その後にアジア人たちが引っ越してきている。コワルスキーの隣家にもモン族が引っ越してきた。彼らはベトナム戦争時にアメリカ軍に協力し、戦後、社会主義政権の迫害を恐れてアメリカに亡命してきたのだ。モン族はラオスやタイ、ベトナムに広範に住む山岳民族らしい。コワルスキーの息子や孫が礼儀知らずの人間なのに対して、モン族は礼儀をわきまえた人々である。最初はモン族を毛嫌いして「米食い虫」などと悪罵を投げつけ唾を吐いていたコワルスキーだったが、一族の10代の息子タオがコワルスキーの大切なグラン・トリノを盗み損ねたことから、彼らの不思議な交流は始まる。

 
 ここで注目すべきは、コワルスキーの思想だろう。彼は銃を手放さない、いかにもアメリカ人である。我が身は自身で守る。彼は警察を当てにはしない。泥棒が入ったからといって警察に通報したりしないのだ。それはモン族とて同じで、彼らもまた自分たちが被害者になっても警察に証言したりしない。彼らは一族の結集力で自分たちを守る。同じく、コワルスキーも自分のことは自分でし、自分の家は自分で修理し、自分の食事は自分で用意し、自分の庭は自分で手入れする。彼は究極の保守主義者であり差別者でありそしてそういう人間こそがまさにリバタリアンなのだろう。しかも、究極の差別者は実は簡単にその差別の対象への偏見を「きっかけ」さえあれば修正してしまうのだ。


 コワルスキーは隣家に食事に招かれたことによって心を開いていく。最初はアジアの不思議な祈祷師の言葉に驚き、その「占い」があまりにも彼の境遇を言い当てていることに感動し、次はモン族の礼儀正しさとホスピタリティと料理のおいしさに魅せられていく。


 彼はカトリック教徒であるが、実は不信心者であり、亡き妻の手前、教会へいやいや行っていただけの人間だ。熱心な信者であった妻の遺言に従って神父がしばしばコワルスキーを尋ねてくるが、けんもほろろである。「神学校を出たばかりの27歳の童貞男が、なにをえらそうに説教しくさる」と。


 この映画に貫かれているのは、コワルスキーの「男性原理」だ。それが「古き良き」時代のアメリカの原理(American way of life)であった。彼のいかにも男臭い振る舞い、「男同士の会話」をタオに教え込むしぐさ、意地を張るところも人を頼らないところも、すべてが「アメリカの男」の生き様を体現している。そしてこの映画は、そんな男性原理を肯定も否定もしない。一見、イーストウッドはかつての男性原理への復古を訴えているかのようで、実はそう単純なものでもない。彼は今のアメリカにも、これまでのアメリカにも懐疑的であり、かつての自分が演じた「ダーティ・ハリー」のような暴力的な男の生き様にも懐疑的だ。この映画には根底にこの「懐疑」があるからこそ、見る者の心を打つのだ。なんの反省もない作品に人は惹かれない。


 遠くの親戚より近くの他人、とはよく言ったもので、コワルスキーはいつしか自分の息子たちよりもタオを愛するようになる。ここには、アメリカの伝統と良き時代を引き継ぐのはもはや白人の血縁ではなく、外からやってきたアジアの人々であるというメッセージが込められている。保守派は保守主義を守るためには革命的に自らを変えていくのだ。これが今の時代の面白さかもしれない。もはや保守派のほうが、新自由主義者や蛸壺バカ左翼のような馬鹿者どもよりよほど礼儀をわきまえ他者への暖かさに満ち、落ちこぼれを救う思想を持っているのだ。


 そして忘れてはならないのが、この映画に描かれた、アメリカが介入したアジアでの戦争二つ。朝鮮戦争でのトラウマから立ち直れないコワルスキーとベトナム戦争の被害者であるモン族の出会いは、ある意味、必然であった。この映画にはイーストウッドの自身が演じてきたキャラクターへの反省とともに、アメリカの戦争への反省が表明されている。そして、やはり最近のこの人の映画に色濃く表れている宗教への懐疑。物語が進むにつれてカトリック神父(司祭だったかな)への態度が少しずつ変わっていくのだが、最後に実は一つの落とし穴がある。これは見てのお楽しみ。


 さて、最後の最後にコワルスキーがとった「男の決断」とは? もう一度みたい映画です。


 ※モザイク(地域の国際交流を進める南河内の会)の機関誌に掲載したものに加筆。

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GRAN TORINO
上映時間 117分、2008年アメリカ
製作・監督: クリント・イーストウッド、脚本: ニック・シェンク、音楽: カイル・イーストウッド、マイケル・スティーヴンス
出演: クリント・イーストウッド、ビー・ヴァン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリー