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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

めまい

 この作品は『トラウマ映画の心理学』(森茂起、森年恵著)で完璧ネタバレストーリーを読んだはずなのに、なぁ~んにも覚えていない。なんという記憶力だろう?! 幸か不幸か、おかげでまっさらな気持ちで映画を見ることができるので実に新鮮である。

 最後の最後までほんとにストーリーをまったく覚えていなかったことが幸いして、完璧にわくわくしながら見ることができた。ひょっとしてわたしの記憶力はゼロなんだろうか、それともネタバレ防止装置が無意識に働いて、『トラウマ映画の心理学』を読み終わった瞬間に私の頭の中の消しゴムでストーリーを消去したのだろうか。そんなふうにもし自由自在に自分の記憶がコントロールできるならとても楽ちんである。いや実際、わたしは嫌なことはすぐ忘れるタイプだから、きっとそういう自己防衛機制が働くのだろう。そうに違いない。そういうことにしておこう。

 ヒチコックの映画では目のアップが印象に強く残る。「サイコ」の目のアップといい、本作のオープニングデザインといい、大きく見開かれた女性の怯える瞳が観客にも恐怖をもたらす。ヒチコックの「鳥」では鳥の大群が狙ったのは人間の目だったし、げに目は口ほどに物を言う大切な器官なのである。

 で、本作はその観客の目を画面に釘付けにする様々な工夫が凝らされている。まずはなんと言ってもキム・ノヴァク。この美貌の女性が登場するシーンの華麗なこと! 化粧が古いけど確かに間違いなくスター女優のオーラをむんむん発散してキムが登場する場面なぞはまさしく映画の王道を行く演出。この、スター登場の場面に始まって最初から最後までほとんどキム・ノヴァクの美貌と立ち姿に釘付けになるようにカメラはとことん彼女を追う。キム・ノヴァクを尾行するジェームズ・スチュアートとて、彼女を見つめ続けるうちについつい恋に落ちてしまうのだ。
 映画は巻頭、いきなり警官と犯人の追走劇。で、いきなり警官が屋根から落ちて死ぬ。「めまい」というのはつまり、主人公ジェームズ・スチュアートが高所恐怖症だという意味。この映画は、高所恐怖症ゆえに同僚を死なせてしまった警官が、そのことを心の傷として抱えていき、ついには高所恐怖症を克服するまでを描くスポ根もの。じゃなくて、彼が高所恐怖症を克服するには大いなる犠牲があったというサスペンス。

 映画の前半は美貌の人妻が謎の行動を繰り返すのを見張る元警官の話で、見張る者と見張られる者、すなわち見る者と見られる者との間の視線追走劇である。ここで観客はジェームズ・スチュアートの視線になってキム・ノヴァクを追う。謎めいた人妻は祖先の霊に取り憑かれたかのような不思議な行動を繰り返す。そんな怪しげな雰囲気を身にまとうノヴァクの美しさに翻弄される元警官は、つい彼女を愛してしまう。だが…以下、ネタばれを避けて省略。

 そして後半、今度はジェームズ・スチュアートが執拗に美女をつけ回すストーカーと化す。今度は観客はつけ回される美女の立場に立って追い詰められていく。この前半と後半の視線の転回が見事だ。心理サスペンス、恋愛、ちょっとオカルトっぽいところまで、ムード満点。減点は唯一、ジェームズ・スチュアートが悪夢にうなされるシーン。ちょっとこれは今見ると噴飯ものの漫画的演出なので思わず引いてしまった。
 ヒチコックがキム・ノヴァクの服装にも気を遣い色彩にこだわって作り上げた美しい映像は、サンフランシスコの町並や郊外の風景とともに記憶に残るだろう。サスペンスを盛り上げたバーナード・ハーマンの音楽もお見事。
 先日、本物のゴールデンゲイト・ブリッジも見たが、サンフランシスコの町は本物より映画のほうがよほど美しい。 
 DVD特典映像も必見。傷んだフィルムの修復作業や映画の裏話やらとても興味深い。キム・ノヴァクもインタビューに答えている。歳を取っても美しいままなのには驚いた。(レンタルDVD)
VERTIGO

アメリカ、1958年、上映時間 128分
製作・監督: アルフレッド・ヒッチコック、原作: ピエール・ボワロー、トーマス・ナルスジャック、脚本: アレック・コッペル、サミュエル・テイラー、音楽: バーナード・ハーマン
出演: ジェームズ・スチュワートキム・ノヴァクバーバラ・ベル・ゲデス
トム・ヘルモア、ヘンリー・ジョーンズ、エレン・コービイ