吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ノーカントリー

 乾いた映画。始終、西テキサスの乾いた映像が観客を圧倒し、砂漠よりも乾いた殺人者の存在がさらにいっそう観客を恐怖に陥れる。ハビエル・バルデム演じる殺し屋が恐ろしすぎて夢に出てきそう。

 時は1980年。場所は西テキサスの広野。ベトナム帰還兵達が手傷を負った獣のように徘徊していた時代だ。

 偶然、麻薬がらみの200万ドルを砂漠で拾ったルウェリン・モスは、殺し屋に追いかけられることになる。現金の入った鞄を持ったまま、モスの逃避行が始まる。追う殺し屋アントン・シガーは酸素ボンベのような屠殺用エアガンを抱えている。シガーの不気味さは空前絶後だ。コインの裏表によって相手を殺すかどうか決める残忍無比な男。彼にかかっては殺人はまったく意味のないものとなる。人はなぜ殺されるのかなんの前触れも覚悟もなく彼によって死をもたらされる。殺人を楽しむわけでもなく意味を見つけるわけでもなくなぜかとにかく人を殺すアントン・シガー。その不気味な姿をこれ以上ないという不気味な髪型(これは実は笑えます)で演じさせたコーエン兄弟のギャグセンスには恐れ入る。この映画はまったく笑いがない。それどころか凍り付く恐ろしさと緊張感に溢れたもっさりテンポのスリラーである。それなのに、実は笑える場面がいくつかある。一つがこの殺し屋シガーの髪型。後は忘れた(・o・)。


 逃げ回るモスもかなり身体能力とサバイバル能力が高い。この時代の帰還兵は生き延びるための手だてを軍隊で教え込まれてきているから、ちょっとやそっとでは死なない。それがまた200万ドルを持ち逃げできるという妙な自信につながるのだろう。

 意味もなく横溢する暴力がもたらす恐怖というテーマと、不条理に死んでいく人間、その運命に翻弄される姿を、コーエン兄弟は徹底的に計算し尽くした空間演出と「追っかけ劇」のゆったりとした間合いによって描く。「不条理に死んでいく」と書いたが、そもそも不条理でない死はあるのだろうか。あるいは、死そのものは不条理ではなく、「そこにある」べきものではなかろうか。 

 逃亡-追走劇にもゆっくりとした間をもたせ、独特の静かなセリフ回しにより、とんでもなく緊迫感の高い作品が生まれた。だが、不死身の男シガーの不気味な姿が目に焼き付いて、とてもじゃないが後味のいい作品とは言い難い。ラストシーンもなんだか狐につままれたみたいで、ああ、最後までコーエン節で通してしまったね、という感動とも拍子抜けともいいがたい寂寞感が漂う。 

 この映画の狙いやテーマについては劇場用パンフレットにコーエン兄弟がかなり詳細にしゃべっっていて、またいろんな映画評論家などが語り尽くしてしまっているので、これから映画を見るならパンフは事前に読まないほうがいいでしょう。

 死に神の恐怖をこれほどリアルに描いた映画はかつてなかったかもしれない。(R-15)

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NO COUNTRY FOR OLD MEN
アメリカ、2007年、上映時間 122分
製作・監督・脚本: ジョエル・コーエンイーサン・コーエン、原作: コーマック・マッカーシー『血と暴力の国』、音楽: カーター・バーウェル
出演: トミー・リー・ジョーンズハビエル・バルデムジョシュ・ブローリンウディ・ハレルソンケリー・マクドナルド