吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

父と暮せば

原爆投下から3年後の夏に突然現れた父の幽霊。ひょうきんで弾けるように明るい幽霊と娘との4日間を描いた小さな物語。


 広島の図書館に勤める23歳の乙女、美津江(宮沢りえ)のもとにある日突然、原爆で亡くなった父が現れた。「わしはお前の恋の応援団じゃ」と嘯く父は、美津江の図書館に足繁く通ってくる大学生木下(浅野忠信)と美津江の仲が進展しないのを歯がゆく思ってあの世から現れたのだった。
 木下は、原爆瓦だの被爆ガラスだの時計だのといった原爆資料を蒐集している。美津江とは互いに惹かれあう仲なのに、美津江はどうしても木下との結婚に踏み出せない。「うちは幸せになっちゃいけんのじゃ。死んだ人たちに申し訳のうて…」

 かたくなに閉ざされる美津江の心を解きほぐそうと父はあの手この手を思いつくのだが、歯がゆさに歯軋りするばかり。彼女の恋はどうなるのだろうか……


 初めのうちは宮沢りえ広島弁が気持ち悪くて違和感が強く、いかにも「お芝居をしています」という台詞回しにいらついて映画の世界に入り込めなかったのだが、だんだんと父娘の話題が「あの日」に向かっていくにつれて、その違和感もなくなった。役者たちの熱演に引き込まれていくのだ。とりわけ最後に父親の悲痛な愛情を絞り出すように語った原田芳雄の台詞には涙があふれて止まらなくなった。
 登場人物は3人。浅野忠信はほとんど台詞がないから、宮沢りえ原田芳雄の二人芝居だ。舞台劇をそのまま映画化した作品であり、演出も演劇的で、作品全体は低予算のこぢんまりしたものだが、結末に向かって盛り上げていく役者たちの熱演は賞賛に値する。


 この作品は、「惨禍から生き残った者のトラウマ」をテーマにしている点で、阪神淡路大震災の被災者の心情と重ね合わせることもできる。震災で家屋の下敷きになった家族を引きずり出そうと懸命に努力したけれど、とうとう火が廻ってきて諦めたという話は新聞で読んだ覚えがある。「もういい、逃げろ」と最後に父は言ったという。遺された人々は、そのことを生涯忘れないだろう。猛火のなかに父を見捨てて逃げたことがどれだけ大きな心の傷になるだろう。この映画を見ながら、わたしはその新聞記事に思いを馳せていた。

 
 原爆被害について語るには、99分の映画1本で事足りるわけがなく、「加害者の町=軍都広島」という視点を考慮に入れないこの映画だけでは、原爆のことは描ききれない。だが、「あれがない、これがない」と批判や不満を言うより前に、生き残った被爆者たちの苦しみもまた戦争がもたらした大いなる災厄であることを忘れてはならないと教えるこの映画に素直に感動したい。


 原爆の被害を後世に伝えることもまた図書館の役目だという父の言葉がずしりと重い。(レンタルDVD)

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99分、日本、2004
監督・脚本: 黒木和雄、製作: 石川富康、原作: 井上ひさし、音楽: 松村禎三
出演: 宮沢りえ原田芳雄浅野忠信