吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

MY FATHER マイ・ファーザー 死の天使

 

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 その昔、悪の化身と恐れられた血も凍るナチスの医師ヨゼフ・メンゲレが南米で生き延びているという噂は、何度も目にしたり耳にしたような気がする。メンゲレの首には賞金が掛かっていて、亡くなったときも「偽者では」という噂があったというような話を新聞で読んだ覚えがある。確か、新聞の国際面に小さく「元ナチスのメンゲレ医師、ブラジルで死亡していた」というようなことが書いてあった。

  この映画はメンゲレ(チャールトン・ヘストン)とその息子ヘルマン(トーマス・クレッチマン)との葛藤を描いて、父の世代の戦争責任を子の世代がどのように考えるのか、その責を負うべきなのかについて問いかける。

  物語は1985年にブラジルの墓地でメンゲレの骨を掘り返す場面から始まる。大勢のテレビクルーが押しかけ騒然とする中にメンゲレの息子が呆然と立っている。彼の頭の中には十年近く前に会った父の面影が飛来していた。ドイツに住むヘルマンは15歳になるまで父は死んだと教えられていた。父がナチスの収容所でユダヤ人を生体実験で殺したメンゲレであったことを知らされたヘルマンは、青年になってから父を訪ねてブラジルへやって来た。そこで数日を父と過ごすなかで、父を知り、父を糾弾し、告発するつもりでいたのだったが……

 映像はドキュメンタリータッチで撮影されている。手持ちのカメラ、彩度を落とした画像、なかなか凝った映像感覚だ。最初、1976年頃の回想シーンはモノクロで描かれ、やがてヘルマンが父メンゲレについて語り始めると徐々に色がついて、その回想が過去から現在へと移り変わる。映画の中で時制は現在、過去、大過去、さらに実録の記録映像が挿入されるので、最初のうちは少々分かりづらいかもしれない。

  物語はヘルマンの視点で語られるから、メンゲレが収容所でどれだけ残虐な行為を行ったかは、それほど詳細に描かれるわけではない。ヘルマンの脳裏に去来するアウシュビッツの映像はおそらく彼が戦後の歴史教育の中で受けてきたものの記憶だろう。

  メンゲレを演じたチャールトン・ヘストンは巨躯であり、息子より大きく威厳がある。メンゲレは最後までナチスの医師だった。彼は息子相手に人種の優劣について語る。人間は弱肉強食の自然界の中で進化してきたのだと確信を込めて述べるのだ。ヘルマンは父の残虐行為を糾弾しようとするが、かえって父に言いくるめられてしまう。結局彼は父を告発する「勇気」を持たない、情けない息子として打ちのめされて帰国するのだ。
  父を知りたかった、会いたかった、そして会ってどうするつもりだったのか? 父とはなんだろうか。いくら死の天使と恐れられた人間でも、父であることには違いない。父の名のせいで学校では教師から無視され同級生からは虐められた。だが、目の前にいる父を殺すことも告発することもできない。結局父を乗り越えることはできないのだ。

  父を糾弾するヘルマン自身が、ユダヤ人たちから「人殺しの息子」と糾弾され罵倒される。父の罪は息子の罪か? ヘルマンもまた父の犠牲者なのだ。

   もしもヒトラーに息子がいたらどのように戦後を生きただろうか。翻って日本ではどうか? A級戦犯の末裔が堂々と政界にいる日本では、戦争責任のとりかたがいかにあいまいであったか。もちろん、息子を父の名の下に虐めたりするのはまったくお門違いだが、戦争責任への姿勢がドイツと日本では雲泥の差があったように思う。

  この映画を見てもメンゲレについての謎は解けない。そもそも南米を転々している間の生活資金は誰が出していたのか? なぜ最後まで捕まらなかったのか? アメリカの関与を示唆する台詞もあるが、判然としない。
  
  これは多くのことを考えさせられる力作だ。映画としてはかなり地味なのでヒットしなかったのもやむを得ないかもしれないが、ぜひ大勢の人に見て頂きたい。それにしてもいくら地味な映画だからって、DVDになった途端に異様に長いタイトルを付けるとは……。許し難い。(★★★☆)
映画上映時のタイトル:MY FATHER
 DVDタイトル:MY FATHER マイ・ファーザー 死の天使 アウシュヴィッツ収容所 人体実験医師
  メディア:レンタルDVD

Y FATHER, RUA ALGUEM 5555
制作年 : 2003
製作国:イタリア、ブラジル、ハンガリー
上映時間:112分
 監督: エジディオ・エローニコ
製作: ゲラルド・パリエイ
原作: ペーター・シュナイダー
脚本: アントネッラ・グラッシ
脚本協力: ファビオ・カルピ
       ペーター・シュナイダー
撮影: ヤーノシュ・ケンデ
音楽: リカルド・ジャーニ 
 出演: トーマス・クレッチマン
    チャールトン・ヘストン
    F・マーレイ・エイブラハム
    トーマス・ハインツ
    ドニーズ・ワインベル
    オディロン・ヴァーグナー
    カミロ・ベビラクワ