吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

息子のまなざし

 この映画は、全編手持ちカメラでしかも極端に接写してあるため、画面の揺れが激しく、気分が悪くなってくる。その上音楽がまったく流れてこないので、およそ映画を楽しむとか味わうといった情緒の辺境にある作品だ。わたしのようにブランコに酔うような人間には我慢できないから、途中でついつい熟睡してしまった。たぶん15分以上は眠っていたと思う。

 罪と赦しという重いテーマに相応しく、主人公職業訓練校教師オリヴィエは最初から最後までまったく笑わないし、ほとんどしゃべらない(たぶん。わたしが寝ていた間のことは関知しない)。
 ラストシーンに至っては、「ええっ??」とあっけにとられる。おそらく、映画館の観客は全員呆然としていたと思う。こういう作りってありか、と絶句させるような反映画的な作品であり、逆にまた、小説でも舞台劇でも絶対に表現できない、映画でなければきない作品なのだ。
 画面というフレームの存在がこれほどクローズアップされる作品も珍しいだろう。ふつう、わたしたちは映画を見ているときに、場面のすべてを見渡していると錯覚している。ほんとうは「全体」など誰にも把握できるはずがなくて、実際、画面に映っていない部分の方が多いはずなのだが、そういうことは意識しない。ところがこの映画は、鳥瞰はおろか、場面の全体すら見せてくれないため、写っていない部分のあまりの多さに観客はいらついてくる。カメラはほとんど主人公の視線の先を追う。さもなければ、彼の表情を接写する。しかも背後や側面から。

 誰にも全体など見えはしないしわからない、ということをこれほど徹底的に知らしめた映画を初めて見た。そう、わたしたちはこの映画のテーマとなる「問題」の全体など把握していないし、それは誰にも答が出せないのだ。
 大きな衝撃を受ける作品であり、背中に毛虫が這うような気味の悪い感動が後からジワジワ押し寄せてくるけれど、激しく見る人を選ぶ映画で、おまけにとっても疲れる(精神的に、ではなく肉体的に)ので、体力と動体視力に自信のある人にだけお奨めします。

 <以下、激しくネタバレします。未見の方は覚悟してお読み下さい>



 この映画が、息子を殺した犯人とその被害者遺族との葛藤と赦しを描いたものだということをわたしは予め知っていた。それを知って見るのと、知らずに見るのとでは作品を鑑賞する緊張感が著しく異なるだろう。なぜオリヴィエは少年院から出所してきたフランシスという男の子に異様な関心を寄せるのか? 途中まで、ミステリアスに物語は進む。オリヴィエの粘り着くような視線と、フランシスのすねたような態度。淡々とした木工作業の流れの中に漂うただならぬ緊張感。真相は途中で明らかになる。フランシスはオリヴィエの息子を殺した犯人だったのだ。
 「おまえが殺したのは俺の息子だ」
 そう突然告げた一瞬の緊張の切れ方がすさまじい圧力でフランシスと観客に迫る。復讐は成し遂げられるのか? オリヴィエはフランシスを殺してしまうのだろうか。それとも、フランシスが逆襲するのか? 最後の10分はまったく手に汗握ってしまった。何の盛り上がりもない作品なのに、この最後の10分の密度の濃さは異様な圧迫感がある。

 結局、オリヴィエはフランシスを許したのだろうか。そうとも言えるし、そうとも言えない。少なくとも、彼を殺すことだけはやめにした。同じテーマを扱った作品に「イン・ザ・ベッドルーム」という秀作があるが、結末は正反対だ。救いがあるのはもちろん「息子のまなざし」の方だが、見るのに疲れるので、作品としては「イン・ザ・ベッドルーム」を買う。それにこの「息子のまなざし」は、観客の知性と感性の両方に訴えるのではなく、感覚にのみ訴えているので、「罪と贖罪」問題の解決には繋がらないのではないかという危惧がある。死刑制度や復讐といった重いテーマを考えるのに、こういう切り口でいいのだろうかというすっきりしない気分が残る。一見の価値のある優れた作品だとは思うが、とにかくしんどい。

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LE FILS
制作年 : 2002
上映時間:103分
制作国:ベルギー、フランス
制作・監督・脚本: ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、撮影: アラン・マルクーン
出演: オリヴィエ・グルメ、モルガン・マリンヌ、イザベラ・スパール