吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

沢 知恵コンサート

 名前も曲も知らない歌手のコンサート。ピアノの弾き語り。どんなジャンルなんだろう。最近流行りの癒し系か。バッファリンのコマーシャルソングを歌っているって? 知らんなぁ。前売り1200円というのは安くてよいな。え? 彼女のデビューアルバムが家にあるって? どれどれ。何だ、これは。いやに明るくてポップな曲じゃないの。それに声もなんだか幼いというか色気がないというか、悪くはないけど、全然印象に残らない。曲もメリハリがなくて、これじゃあ売れないよ。まあ、今日のコンサートは期待せんとこうっと。

 これが沢知恵(さわ・ともえ)コンサートが始まる直前までの気持ちだった。

 わたしと夫は真ん中の比較的前の方の席をゲットして、なかなかよい場所だったのでまずは満足。いよいよ沢知恵が舞台下手から登場すると、とりあえず拍手。にこやかに笑った彼女は聴衆に一礼すると、たちまち緊張した表情に変わった。何かを確認するかのようにしばらく呼吸を整えると、スタンドマイクに向かってアカペラで「アメイジング・グレイス」を歌い出した。有名なこの賛美歌を彼女は英語・韓国語・日本語で歌った。
 この最初の曲でわたしはたちまち引き込まれてしまった。天上に届くような透き通った声、その響きと艶は昼間に聞いたファーストアルバムの頃のそれではない。

 二曲目からはピアノの弾き語りになる。「Listen to My Voice」以下、多くが彼女のオリジナル曲。ライブならではの客との掛け合いも楽しい。
 自らジャンルのない歌手、というように、バラード・ゴスペル・演歌・ブルース・ジャズ、なんでもござれ。もちろんピアノは素晴らしい。日本人の父と韓国人の母をもち、日本、韓国、アメリカで暮らした彼女は自分がどこの国の人間か、などと思ったことはないという。

 その彼女の歌声、そしてオリジナルな歌詞と曲は、どれもこれもどういうわけかわたしの涙腺の止栓をはずしにかかる。とりわけ、休憩をはさんで第二部で歌った「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎:詩/武満 徹:曲)ですっかり涙ぽろぽろ状態になると、もう次からは涙が止まらなくなる。美空ひばりが広島を歌った幻の名曲「一本の鉛筆」になると、会場のあちこちからすすり上げる音が漏れ、もちろん隣席の夫はだいぶ前からずーっと泣いている。
 「死んだ男の残したものは」、混声合唱でしか聞いたことがなかったが、彼女のソロはまったく違うアレンジだ。低い和音をjazzyなリズムで叩き続けるブルース。やはりライブの迫力だろう、胸に迫る歌声なのだ。
 9.11のテロ以後、そしてイラク戦争が始まってから、彼女は戦争と平和について考えつづけてきたという。何か自分にできることを、何かメッセージをと考えて、急遽「死んだ男の残したものは」というCDをリリースした。これは彼女のサイトから試聴できるのでぜひ聞いてみてほしい。

 盛岡スコーレ高等学校校歌などという、珍しいものも聞かせてもらって、驚くやら感動するやら。盛岡の高校から校歌作詞作曲の依頼があり、彼女はこの学校を訪ねてその自由な校風がすっかり気に入り、韓国語と英語を交えて作ったという。これも校歌らしくない美しい曲だ。20才でデビューした彼女が12年経って、声の艶と幅を獲得し、表現力も比べ物にならないほど豊かになっている。一人の女性の成長ぶりを目の前にして、人が持つ可能性の大きさに嬉しくなった。

 沢知恵の歌だけではなく、その語りにも心を動かされた。国際人の屈託のなさ、自由で伸びやかな感性が言葉の端々から溢れてくる。彼女の祖父は金素雲という有名な韓国の詩人・国語学者だ。両親は牧師であり、大学教員。彼女も東京芸大卒の才媛である。やはり血筋がものをいうのか、と思ってしまう。音楽は生まれ持った素質と家庭環境が大きくものをいう。どんなに努力しても凡人はある程度以上には伸びない。そんなこともまた痛感した。

 今回、嬉しかったのは、沢知恵自身がコンサート終了後まもなく、自分のサイトの日記にこのコンサート(モザイク主催、11月24日、於河内長野ラブリーホール)のことを書いてくれたこと。おそらく帰りの新幹線の中からアップしたのだろう。素早い対応に感激してしまった。気さくに交流会にも参加してくれたし、ほんとうにいっぺんにファンになってしまった。さっそくライブCD「一期一会」を購入し、家で楽しんでいる。