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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

喪主の挨拶

 少年の面影を残す喪主が、会葬者にお礼の挨拶を述べた。喪主は内気で口下手で、ちゃんと挨拶ができるのかと母親をハラハラさせていたが、彼がいつまでも泣き虫小学生のままではないことを彼女は忘れているようだった。

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 8月に妻が入院してからは、ずっと携帯メールのやりとりをしていました。全部で1000通ほどになります。その中に一つ、皆様にご紹介したいものがあります。ほんとは恥ずかしいんですけど……
「2003年9月17日 22時30分。 今はメール遊びに夢中です。現在三人と遊んでます。電池ヤバい。突然ですが、私Tちゃんと結婚してほんとによかったです。わけ分からん頃もあったけど、今はよかった(^o^)とマジで思います。でTちゃんともっと居たいからもっと行きたいところあるからもっとがんばって良くなりたい。今はそう思えるようになりました。ありがとうね。もう少し付き合ってね(^∞^)」
 恥ずかしくて、私はこれに返信しませんでした。で、今、返事します。
「こんなに大勢の人に愛されたゆみと結婚できた僕こそ幸せでした。ありがとう」

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 遺影の女性はまだ若い。愛犬を抱いてにっこり微笑んでいる(「犬は死んでないからな」と喪主は友人に冗談を言って笑わせていた)。いつも周りの人を楽しくさせたあの笑顔だ。引きも切らない会葬者の列が、最後のお別れに棺の周りを取り囲む。
「大勢の方がお並びですので、お別れは手短かにお願い申し上げます」
という司式者のアナウンスに促されてしぶしぶ棺を離れる人々は、誰もが泣きじゃくり目を真っ赤にしている。

 こんなに大勢の人に送られて、幸せ者だね、ゆみちゃん。20年前に小学1年生だったあなたの最初の生徒さんたちがあなたを忘れずいつまでも慕ってくれて、3年前には演奏会を一緒に取り組み、今日は弔辞を読み上げてくれたよ。
「『早くあなたたちが大人になって一緒にお酒を飲みたいわ』」と言っていた先生、ぼくたちはもう大人になったのに、先生との約束はかないません」


 最後の夕方、ベッドを起こして酸素マスクを握り締めていた彼女は苦しくて目を開けるのもつらいのに、「また来るからね」と言うわたしと握手して、目をいっぱいに見開いてにっこり微笑んでくれた。無理をさせてしまったかもしれない。わたしが最後の見舞い客だった。それから5時間ももたず、最後の1時間ほどは薬のおかげで眠るように息を引き取った。
 どんなに絶望的な状況でも決して弱音を吐かず、決してあきらめず、最後の夜も「頑張る、頑張る」と出ない声をふりしぼって頷いた彼女はとても強い人だった。そして、強い人は優しい人だ。最後までわたしたちを気遣い、心配させまいと、気力だけで生き続けた。もう肺がほとんど機能しないのに、気力だけで呼吸を続け、医者からも「考えられない」といわれるほど頑張った。
 
 「だから、ゆみちゃん、優しくて気さくで頑張り屋さんのあなたをこんなにも大勢の人が愛して、お別れに来てくれたよ」。遺影に向かって語りながら、とてもとても悲しかった。亡き人と喪主がわたしの弟夫婦であることがとても悲しかった。双方の両親がいずれも健在で、娘を送る側になることがたまらなかった。

 昨日の喪主の挨拶は、わたしが参列した葬儀の中でもっとも胸打たれたものだった。それを弟が語ったことが悲しい。
 
 2003年10月2日23時3分、谷合ゆみ永眠す。乳癌から転移した進行性肺癌で逝った、43歳と2ヶ月の短い生涯だった。
 あんなにも頑張ったご褒美に、今ごろはきっと空の上で胸一杯に酸素を吸い込んでいることだろう。


 ゆみちゃん、もう苦しくないよ、安らかに眠ってください。