吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ワールド・オブ・ライズ

 

 リドリー・スコットも手すさびで「プロヴァンスの贈り物」なんて作ってるより、こういう本格的サスペンスアクションを撮るほうがやっぱり性に合ってるんではないでしょうか。なかなかの作品なのに、わたしの隣席の中年男性は何度もあっちの世界に行ってしまったみたいで、鼾をかくものだからうるさくてたまりません。なんでこんなに面白いのに寝るかなぁ。まぁ、筋立てがわかりにくいという難点は確かにあります。

 原題が「嘘の実体」というだけあって、この映画は嘘だらけ。さて、誰が誰に嘘をついているのか、それが楽しみ、というサスペンス。

 CIAの優秀な中東工作員であるロジャー・フェリス(レオナルド・ディカプリオ、なかなかいい役者になってきましたね)と、その上司たるエド・ホフマン(ラッセル・クロウ、30キロ近い増量)はまったく異なるタイプの人間だ。フェリスが身体を張って現地で戦う人間なのに対してホフマンはぶくぶく太ってラングレー(CIA本部所在地)から指令を出す男。何よりすごいのは、ホフマンがいつでも「ながら族」ということだ。彼は、現地の工作員が命を張っているときにも、マイホームパパを通している。まだ幼い息子をトイレに連れて行って小用をさせながら携帯電話で冷酷無比な指令を中東向けて飛ばすのである。本作ではこの対比が徹頭徹尾、戯画的に描かれる。

 思えば、今やこのようなながら族はずいぶん増えた。歩きながら携帯電話で大事な商談をまとめている人だって少なくないだろう。携帯とモバイルPCのおかげで(というかこの悪弊で)仕事は世界中どこにいても追いかけてくるようになった。だから、お気軽に携帯電話で人の命のやりとりをするような軽いノリの傲慢な幹部がCIAにいたって何ら不思議はない。このシニカルな状況を本作はいやというほど見せつける。ホフマンはネット世界に点在する人間の代表でもあるのだ。同時にいくつもの仕事をこなし、まるで片手間のように一つのことに集中することがない。ホフマンは、点在し解離する現代人の象徴である。

 で、フェリスがホフマンの指令によって毎度お馴染みアラブのテロリストをやっつけるために協力要請のため会見することになったのがヨルダン情報局のハニ・サラーム。このハニ・サラームは超伊達男。毎回ばしっと決めて高級スーツに身を包み、おしゃれなことおしゃれなこと。この人が登場するたび着替えてくるスーツとシャツとネクタイの組み合わせが「次はどんなだろ~」と楽しみになってくるからすごいもんですよ。演じたマーク・ストロングがイギリスの俳優だったとは驚きで、かっこよさには痺れます。わたしはてっきりアジア系と思ったのに、イギリス人(ほんとに?)。この映画ではハニのキャラが立っているところが特徴的で、脇役なのにすごい存在感。
 して、この映画の何が嘘かというと、「わたしには絶対に嘘をつくな」と何度も念押しされたのに、ヨルダン情報局長を騙してCIAがテロリストグループをでっち上げるという壮大な計画。しかし、話はそう簡単には進まないところがこの映画の面白いところで…。以下、ネタバレを避けてストーリーには極力触れません。

 フェリスには本気で惚れたアラブ人看護師がいて(イラン系女性という設定)、この映画ではフェリスが自由自在にアラビア語を使いこなし現地にとけ込みアラブ人女性を愛するという点がいっそう、アメリカ本国でぬくぬくとマイホームパパをやっているホフマンとの対比を際だたせる。これはCIAの話だけではなく、実にリアリティ溢れる設定ではなかろうか。おそらくどんな会社にもこういう対比はあって、現場で汗を流して苦労する人間と、その人々に舌先三寸だけで指令を下すお気楽人間(のように見えて実は意外と細やかだったり狡猾だったりする)が存在するのではなかろうか。 
 リドリー・スコット監督は本作に政治的メッセージを込めていないと言っているが、そんな発言を真に受けるナイーブな大人はいないのである。確かにこれはエンタメ作に過ぎないが、しかしかなりの程度、「この嘘は本当だ」と思わせるリアリティがある。リドリーは手持ちカメラでドキュメンタリータッチの映像を多用することによってそのような効果を演出した。「悪いアラブ人をやっつける良いアラブ人」というアメリカ合衆国にとって都合のよいアラブ人を渉猟しようとするCIAの上手を行く狡猾な組織の存在もまた中東情勢の一コマをえぐって鋭い。

 と同時に、彼らしい映像に凝ったカメラアングルも忘れない。さまざまな角度から狙っていくカメラは自由自在で観客の目を楽しませてくれる。特筆すべきは上空1万メートル以上の高さから地上を狙う無人スパイ衛星からの映像。まるでテレビゲームの感覚で地上の人々をレンズは狙い定める。これが本物の衛星画像でもこのようにはっきりと見えるのかどうかはともかく、劇場スクリーンいっぱいに写し出される地上の小さな人物像の上に、監視カメラを眺める人物たちの後ろ姿を重ねている映像が何度も登場するのだが、こういう場面には驚嘆してしまう。ここはぜひ劇場で見て欲しいシーンです。リドリー・スコットの映画は家庭向けではありません。


 レオくんの拷問シーンはたまりませんよ~。ああ、痛そう。大人にお奨めのサスペンスアクション。(PG-12)

BODY OF LIES
アメリカ。2008年、上映時間 128分
製作・監督: リドリー・スコット、製作総指揮: マイケル・コスティガン、チャールズ・J・D・シュリッセル、原作: デイヴィッド・イグネイシアス、脚本: ウィリアム・モナハン、撮影: アレクサンダー・ウィット、音楽: マルク・ストライテンフェルト
出演: レオナルド・ディカプリオラッセル・クロウマーク・ストロング、ゴルシフテ・ファラハニ、オスカー・アイザックサイモン・マクバーニー